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マーケット・ストラテジスト(Saxo Group)
サマリー: 過去2週間、中国全土で、未完成住宅の購入者による住宅ローン返済拒否の動きが広がっています。建設工事が再開されるまで住宅ローンの返済を一方的に停止すると銀行に通告しているのです。こうした動きは、中国の不動産セクターが依然として極めて深刻な状況にあることと、中国の銀行システムの健全性を懸念させるものとして、市場から大きな関心を集めています。
最近、中国の90以上の都市にわたって存在する、300件以上の未完成の不動産開発プロジェクトのマンションや住宅の購入者が、銀行に対して、プロジェクトの建設が進むまで住宅ローンの支払いを停止するとの書面での通知を行いました。そうした購入者は通常、住宅の完成前に購入契約を締結して手付金を支払い、物件がまだ建築中の段階で銀行から住宅ローンを借り入れています。しかし、開発会社側の資金不足により建設工事が停滞しているため、住宅購入者側が、毎月の住宅ローンの支払いを拒否し、物件の所有権取得が遅延する事例が続発しています。
中国の開発会社は通常、完成の1-2年前から、ときには基礎工事を終えて政府から許可を得た直後から、住宅購入者向けにマンションや戸建て住宅の販売を開始します。2021年の新築住宅販売総額の90%が完成前販売によるものでした。不動産開発業界は、開発プロジェクトの必要資金の50%以上を完成前販売によって調達しています。政府の規制により、完成前販売で得た資金の一部は、預託口座に入れ監督下に置かれることになっていますが、実際には、開発会社が何らかの形で、この資金を地方自治体から土地使用権を追加購入するために使用することがあります。こうしたビジネスモデルにより、開発会社は自己資金や銀行借り入れへの依存度を引き下げることができるのです。不動産業界の金融機関からの建設ローンはわずか12%程度です。不動産需要が旺盛で不動産価格が上昇基調にある状況下であれば、開発会社はレバレッジをかけて収益を確保することができ、地方自治体は土地使用権の売却を増やすことで予算外収入を得ることができます。
中国の不動産業界は今年、業績低迷に見舞われています。 2022年上半期の住宅総販売床面積(GFA)は前年同期比27%減、住宅用不動産の販売額は同32%減となりました。売上減少は開発会社のキャッシュフローにマイナスの影響を及ぼしています。 野村證券の推計によると、2022年1-5月の平均土地購入価格は前年同期比29%下落しています。 地価下落により開発会社の物件担保の価値も低下し、銀行からの借り入れが制約されています。地方政府は、開発会社が資金を他のプロジェクトの資金や他の債務の決済のために都市から移動させることを懸念し、預託口座での完成前販売収益の使用管理を厳格化しています。
中国政府は最近、地方政府による住宅購入規制の一部緩和を認め、住宅購入者への銀行ローンを奨励する動きを見せていますが、2020年8月に初めて導入された、不動産ローン規制「三条紅線(3つのレッドライン)」は緩和されておらず、レバレッジの高い開発会社がローンを受けられない状況は続いています。「三条紅線(3つのレッドライン)」とは、「自己資本に対する負債比率100%」、「資産負債比率70%以下」、「短期負債に対する現金比率100%超」の3つを指します。民営不動産開発会社上位100社のうち、35社が債務不履行または何らかの形の債務再編を行っている状況となっています。中小の不動産開発会社は、住宅販売の落ち込みと新規ローンおよび借り換えの両方から締め出されるという二重苦に直面し、債務返済がさらに困難になっていると広く報じられています。
中国の不動産開発会社は、オフショア米ドル債券市場で資金を調達する能力を失っています。 過去12か月間で、中国のBB格の不動産開発会社が発行する米ドル建てオフショア債券のオプション調整後スプレッド(以下、スプレッド)は2,500bpから3,100bpに、B格の不動産開発会社では4,200bpから5,700bpに拡大しました。 こうしたスプレッドの拡大は、中国のカントリーリスクではなく不動産セクターを要因としたものです。 A格とBBB格の中国の銀行のシニア債は堅調で、それぞれ、スプレッド52bpと64bpで取引されています。 投資適格の中国企業のスプレッドは、A格の非不動産企業、BBB格の非不動産企業がそれぞれ110bp、180bpとなっています。 ハイイールドの非不動産企業についても、スプレッドは過去12か月間に拡大しましたが、その水準は不動産開発企業の半分程度にとどまっています。 不動産以外のBB格とB格の社債のスプレッドは、それぞれ1,400bpと2,400bpとなっています。一方、民間不動産開発会社の債券は、ディストレスト債(財務難に陥っている企業が発行している債券)として取引されています。
工事が停滞したプロジェクトや影響を受ける可能性のある住宅ローンの数は流動的であり、把握が困難となっています。 チャイナ・エバーブライト・バンク、ジーエフ・セキュリティーズ、CRICの推計によると、工事が停滞したプロジェクトの総床面積は2億3千万平方メートルから5億2千万平方メートルとのことです。1平方メートルあたり1万元、ローン残高を40%と仮定すると、影響を受ける住宅ローンは9,200億元から2兆元と推定されます。ブルームバーグは2兆元という試算を打ち出しています。 ゴールドマン・サックスは、LTV(Loan To Value、不動産評価額に対するローンの比率)を60%とし、24億平方メートルのプロジェクトバックログを15%と仮定して、リスクのある住宅ローンを2兆元から2兆4千億元と推定しています。 上記の推定に基づく影響を受ける住宅ローンは、中国の銀行システムにおける住宅ローン残高全体の約2%から6%に相当します。
香港に上場している中国の大手銀行の住宅ローンのエクスポージャーは、総資産の13%から21%(中央値18%)となっています。 開発会社向けのよりリスクの高い建設ローンなど、その他の不動産関連ローンのエクスポージャーを含めると、エクスポージャーは総資産の17%から24%(中央値21%)に上昇します。プロジェクト停止比率を2%から6%と想定すると、発生する可能性のある不良債権は資産の0.34%から1.44%の範囲に及ぶことになります。 この試算は、各銀行のローンブックの詳細な情報を入手することなく、あくまで経験則で推計したものです。あくまで、潜在的な問題の規模をある程度把握するためのものであり、この試算の正確性を保証するものではなく、そのようなものとして信頼されるものではありません。
ここで、デフォルトを回避するために、これらの停滞したプロジェクトの完成にどれだけの資金調達が必要かという観点から考察してみます。仮に建設費を1㎡あたり3,000元とすると、2億3,000万㎡から5億2,000万㎡の停滞したプロジェクトを完成させるために必要な金額は、6,900億元から1兆5,600億円と見積もられます。 社会的な最適解は、6900億-1兆5600億元を捻出し、物件を完成させて住宅購入者に引き渡すことでしょう。しかし、問題はその資金をどう捻出するかです。
もし、完成前販売の収益が既に他の用途に使用され、開発会社が財務難に陥っているとしたら、これらのプロジェクトはどのようにして完成させるのでしょうか。
7月17日、中国銀行保険監督管理委員会(CBIRC)は、同委員会の関連出版物「中国銀行保険報」のインタビュー記事を通じて、住宅都市農村開発部、中国人民銀行と協力して、地価と不動産価格の安定、および期待の安定に努め、地方政府を支援して完成物件の引き渡しと社会の安定を確保すると述べています。 CBIRCは、市場、法律、社会的責任の原則に従って、銀行が建設完了を支援すべく信用供与を行うよう指示すると同時に、不動産開発会社とその株主の責任、消費者としての住宅購入者の権利保護を強調するために、幅広い取り組みを提示しているのです。 しかし、「三条紅線(3つのレッドライン)」が施行され、これらのプロジェクトの開発者は財務難に陥る傾向があるため、CBIRCの方針提示によって、銀行、開発者、開発者の株主に建設再開のための資金を提供させることができるとは考え難いと思われます。 多くの場合、これらのプロジェクトは建設会社、請負業者、労働者、サプライヤーに対する債務を抱えており、建設を再開する前にまずこれらの債務をすべて清算しなければならないのです。
多くのアナリストは地方政府に期待しており、中央政府が停滞している住宅プロジェクトを完成させるための支援を呼びかけているため、地方政府が住宅プロジェクトを支援して完成させるだろうと考えています。 地方政府が、建設労働者に賃金を支払い、住宅購入者に購入した物件を提供し、労働者や住宅購入者が街頭で抗議することがないようにしたいと願っていることは疑いようがありません。地域経済が活性化し、経済的・社会的安定を確保したことが評価されることは、自治体の立場からすれば大いに望ましいことです。問題はこれを実現するための資金がないことです。
ほとんどの場合、地方政府が出来ることは、関係者をテーブルにつかせ、解決策を講じるよう説得することくらいです。銀行はキャッシュフローをあまり生み出さない販売済みプロジェクト完成のために追加資金を出すとは考えにくく、また、こうしたプロジェクトからのキャッシュフローに対する銀行の請求権順位は、建設業者や請負業者に劣後しています。地方政府や銀行は、開発会社がこれらのプロジェクトの買い取り手を探すのを支援しようとするでしょう。問題は、多くの場合、これらの販売前のプロジェクトの市場価格が、建設ローン、既に発生した建設費用の未払い分、プロジェクト完成のための将来建設費用の合計を下回っていることです。中国の国有銀行は、こうしたプロジェクトを売却するため、特に非国有企業にヘアカット(債務の元本削減)を行うことに非常に消極的です。国有銀行は、ローンのヘアカットを行うと、後に国有資産(ローンおよび担保)を安く売却したと銀行経営陣が避難されることを懸念しているのです。
その解決策の一つが、これらのプロジェクトの売却先を国有企業に限定し、資産を国家の手元に残すことです。 経営難に陥った開発会社は解体されることになるでしょう。 ローンカット後にキャッシュフローがプラスになる見込みのある「優良」資産は、国有開発会社だけでなく、他業種の国有企業にも売却される可能性が高いでしょう。 債務再編の専門家によれば、最近、資金力のある国有エネルギー会社が、国有開発会社のほかに、行き詰まった不動産プロジェクトの譲渡先として注目されているということです。その一例が、中国澳円集団(03883:xhkg)の資産に注目している山東能源集団です。 山東能源集団は国有企業で中国第3位の石炭採掘企業です。 また、香港に上場しているエン州煤業 (01171:xhkg)の親会社でもあります。 キャッシュフローがプラスになる可能性が低い「不良」資産は、国有資産管理会社に売却されます。国有資産管理会社は1998年に中央政府によって設立され、銀行から問題債権とその担保を引き受ける役割を担っています。 国有銀行は民間企業に対してローンや関連担保を大幅なディスカウントで売却することには消極的ですが、不良資産を国有資産管理会社に売却する場合には、資産が引き続き国家のものであるため、はるかに積極的に受諾する傾向があります。
民間開発会社は、レバレッジが高くない企業であっても、引き続き逆風にさらされることになるでしょう。 中国当局のレトリックにもかかわらず、民間開発会社が銀行や債券市場からローンを受けることは、国有開発会社よりもはるかに困難でしょう。 また、住宅購入者は、プロジェクトの完成前販売において、民間開発会社に対してより高いリスクプレミアムを要求するか、民間開発会社を避けるようになると思われます。 一方、中国当局は銀行に合理的な住宅需要と不動産セクターの安定を支援するよう求めており、銀行は国有企業へのローンを好むため、国有開発会社は低コストの資金を潤沢に調達することが可能になるでしょう。 また、経営不振の国有開発会社や銀行から、価値のあるプロジェクトを割安で取得する機会にも恵まれるでしょう。こうしたことを一因に、投資家は最近、民間開発会社よりも、香港に上場している中国海外発展(00688:xhkg)や中国華潤地(01109:xhkg)、上海に上場している保利置業集団(600048:xssc)などの大手国有企業を選好するようになりました。
投資家は、中国の銀行の貸出債権の質に対する懸念を持ち続けると思われます。 上記の試算では、影響を受ける可能性のあるプロジェクト関連ローンは、香港に上場している中国の大手銀行の総資産の0.34%から1.44%に過ぎませんが、不動産市場のセンチメントの悪化は、これらの停滞したプロジェクト以外にも影響を与え、銀行の収益と評価倍率に大きな打撃を与える可能性があります。
中国の家計預金総額は家計貸付総額の150%以上であり、市場において支配的な地位を有する大手国有銀行のエクスポージャーは管理可能であるため、これらのプロジェクトの停滞が中国の金融システム全体にシステミックリスクをもたらす可能性は低いかもしれません。 しかし、中小規模の銀行、特に地域・地方銀行は、不動産セクターのエクスポージャーのうち、下位都市や貧民街の改修計画に対する割合が非常に大きく、預託口座での売却前収入の使用に関する地域の規制が緩い場合が多いため、今後数か月間は避けるべき資産クラスと言えるかもしれません。