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2022年は、2020年と2021年のパンデミック禍に講じられた過度な財政刺激策と、その後のグローバルサプライチェーンの混乱や2022年のロシアのウクライナ侵攻が相まって世界中が深刻なインフレショックに見舞われる年となりました。
インフレに見舞われた困難な 1年に別れを告げ、多くの人々は、中央銀行の度重なる利上げの後に、何とか正常化に向かいつつあると信じています。しかし、今年の「大胆予測」では、パンデミック以前のディスインフレの状態に戻ることはないと主張します。なぜなら、私たちは世界的な戦時経済に突入しており、主要国は、現実の軍事的観点から、あるいはパンデミックの経験やロシアのウクライナ侵攻によって露呈したサプライチェーン、エネルギー、さらには金融面での不安から、あらゆる面で国家の安全を強化しようと躍起になっているからです。
1910年、ノーマン・エンジェルの『The Great Illusion(大いなる幻想)』がベストセラーとなりました。この本は、欧州が再び深刻な戦争に巻き込まれることはあり得ないという合理的な主張を展開したものでした。それまでの十数年間の平和な時代に、互恵的な貿易が膨大な量に拡大していたというのがその根拠です。これは、どこかで聞いた話ではないでしょうか。それから10年もたたないうちに、欧州は廃墟と化し、4つの帝国が滅び、数千人の人々、そのほとんどが停滞した前線での恐ろしい消耗戦の中で無意味に命を落としていった兵士でした。
2022年、ロシアのウクライナ侵攻に多くの人々が衝撃を受け、悲劇が繰り返されています。ロシアの指導者プーチンが、過去20年間にわたり、主に西欧やその他の国々との間で、採掘可能な商品を中心とした輸出主導型の経済によって高い利益を得てきた状況を覆し、なぜ戦死者を出し、自国を経済的苦境に陥れるのかはほとんど誰にも理解出来ません。『The Great Illusion(大いなる幻想)』2022年版の論理は、ドイツの「Wandel durch Handel(貿易による変革)」戦略でした。これは、独裁的な政権との貿易を通じ、繁栄によって民主化を進め、西欧のモデルに従わせるという数十年前の戦略です。1989年のベルリンの壁崩壊では、この戦略の有効性が立証されました。しかし、今年2月24日、ウクライナの国境を戦車が通過した時点で、その原則は永遠に打ち破られました。
この日、欧州には、1945年以来見られなかった規模の戦時経済心理が生じました。それは西欧の軍事力が極めて不十分だということだけではなく、安価で豊富なロシア産の石油とガスを切り離すことによって、ドイツを中心とした産業モデルが存在意義を失ってしまったということを意味しました。2023年の大胆予測のうち3つは、欧州がこの苦境にどう対応するかについてのものです。ひとつはEU軍の創設を予測し、もうひとつはフランスで起きている政治機能不全に着目し、EUにとって次の存亡の危機に向かって加速する可能性があることを予測しています。最後に、英国では来年「ブレグジット撤回」の国民投票が実施されるという大胆な予測をしているように、英国は、想像以上に大きな世界で独立した地位を維持し続けることができるふりをするには小さすぎたということに、突然気付くかもしれないということです。
しかし、戦時経済を経験するのは欧州だけではなく、世界の広い範囲に及ぶでしょう。2つの大国、そしていまや強力な競合国である米国と中国でも、貿易とテクノロジーに関する対立を激化させつつ、戦時経済の心理が定着していきます。そして衛星国は「貿易冷戦」の中で同盟を維持することが困難であると判断するかもしれません。対立と紛争の単なる経済的な側面では、ロシアが、ウクライナに侵攻した後、一夜にして数千億ドルという巨額の対外資産を凍結されたのを見て、中国や主要な商品輸出国などは畏怖の念を抱いたに違いありません。今後、米国と長年にわたる軍事同盟を結んでいない国は、グローバルな米ドルシステムの「兵器化」の影響を受けやすい立場であり続けることを許容できなくなるでしょう。そこで当社は、そうした大国が会議を開き、米ドルシステムを完全に回避するための新たな基軸通貨の創設に合意するという、大胆な予測をしています。しかし、そこで米国が参戦せずに終わることを期待すべきではありません。
戦時経済の供給側では、パンデミックの経験から、遠く離れたグローバル化サプライチェーンが、経済の安定にとって受け入れがたいリスクであると明確に認識しました。ローエンド半導体のような基本的な技術部品が不足すれば自動車産業に支障をきたし、パンデミック発生後は防衛兵器の製造さえも危うくなりました。中国の「一つの中国」政策への積極的な姿勢と、台湾がハイエンド半導体の約90%を生産していることから、米国は2022年、第二次世界大戦後、最も対抗的な産業政策である2,800億ドルのCHIPS法を発表しました。そのうち500億米ドルを超える税額控除は、米国内での半導体生産の促進を目的としたものです。これに伴い、実際に必要な投資額はその数倍となります。EUは2022年初頭に独自の欧州CHIPS法を成立させています。米国はその後、トランプ前大統領が中国製品への関税を示唆し、その後に発動して以来、これまでで最も強力な措置を講じました。オランダのASMLなど、一部の米国以外の企業にも、主要なハイエンド半導体のノウハウと装置の対中輸出を全面的に禁止したのです。
2023年の戦時経済に関する当社の仮説が正しいと証明されれば、インフレはたとえ年明けに小幅に低下したとしても持続すると予想されます。歴史上、少なくともローマ帝国時代までは、インフレはほぼ例外なく戦争と関連していました。戦費支出を優先する政府が他の経済活動を圧迫し、その国の通貨の価値を下落させるためです。2022年後半、市場はインフレが今後2年間でパンデミック前の「正常な水準」に回帰するという強い確信を示しています。つまり、来年後半までにインフレ率がピーク時の半分以下になったとすれば、予測不可能なことが起こることはほぼ確実です。今後の景気後退と雇用の創出が需要を押し下げ、賃金の伸びが鈍化することで物価上昇が緩和されるという考え方もあります。しかし、投資家は景気後退がインフレに与える影響を過大評価する危険性があります。住宅や与信に関する需要減少があろうがなかろうが、戦時経済の新たな優先課題に投資するための膨大な需要により、インフレリスクがより高まることは確実です。長期的なエネルギー供給の確保から、重要物資の現地供給体制構築のための生産再調整、軍事能力の拡大まで、民間部門の需要減退は公共部門の支出で補われ、さらに上乗せされることになるでしょう。また、中央銀行はインフレとの戦いを主張していますが、実際にはその戦いに「過大な成功」を望んでいるわけではありません。長期的には、重債務を抱える国々は、緊縮財政や完全なデフォルトではなく、ほとんどの場合、インフレという緩やかな痛みを伴うデフォルトに行き着くためです。
そして例年通り、「大胆予測」は新年に何が起こるかを予想するベースシナリオではないことにご留意いただきたいと思います。むしろ、この予測は、私たちの世界と金融市場に衝撃を与えるような予期せぬ展開について、考えを巡らせるためのものなのです。市場が大きく動くということは、大きなサプライズが必要であり、何か予測不可能なことが起こるということだからです。中央銀行や、さらには政府が、少なくとも自国の利益のみのためにインフレとの戦いに敗れようとしている世界では、2023年以降も、市場はこれまでと同様に予測不可能となるリスクがあるのです。