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暗号資産アナリスト(Saxo Group)
サマリー: 投機的な金融商品にとって理想的な環境が整っていた市場は、2022年に一転して逆境を迎えました。暗号資産は今、根本的な課題に直面しています。
2008年12月16日、FRBは世界金融危機の最中に政策金利をゼロ近辺まで一気に引き下げました。政策金利が1%を下回るのは、米国史上初めてのことでした。FRBは米経済の立て直しを図るために、2009年3月に空前の量的緩和策を実施し、潤沢な流動性を供給しました。2010年代を通して他国の中央銀行がマイナス金利を実施する中、いくつかの小幅な利上げを除いてFRBは一貫して低金利を維持しました。端的に言うと、FRBの非伝統的金融政策は、投機資産がその後長年にわたって恩恵を享受できる理想的な環境を作り上げることになったのです。
FRBが初めて史上初のゼロ金利政策を決定してからわずか2週間後に、その当時の最も投機的な資産 – すなわちビットコイン – が2009年1月3日のジェネシスブロックによって出現するという、かつてない出来事が起こりました。最初のビットコインブロックがマイニングされた日が、FRBがゼロ金利政策と量的緩和政策に踏み切ったタイミングと重なったことは単なる偶然でしたが、後に暗号資産となるビットコインは緩和的な金融環境下で個人投資家の魅力的な投資対象として、ゆっくりと着実にその存在感を増してゆくことになります。
暗号資産は数少ない支持者を除けば、最初の10年間は機関投資家や金融仲介業者からほとんど認識されることはありませんでした。金融機関は単に暗号資産に全く関わろうとしませんでしたが、個人投資家の取引は飛躍的に増加し、ミーム株や他のr/wallstreetbetsの人気商品とともに、暗号資産は個人投資家の主な投資対象に仲間入りしました。一部の国でゼロ、あるいはマイナス金利が導入され利回りの獲得が困難な時代に、個人投資家はリターンを求めて暗号資産のように極めて投機的な市場に引き寄せられたのです。
機関投資家の不在と、個人投資家の間で度々生じる“取り残されることへの不安(fear of missing out)”は、2017年や2021年のような過度なボラティリティやバブルを何度か引き起こしました。これは、無数の暗号通貨の持続不可能な価格上昇と、その後の急落を繰り返し引き起こす原因となったのです。また、こうしたボラティリティは、暗号資産に関わろうとしない機関投資家の頑な姿勢を一層強めることになりました。
暗号資産を取引する個人投資家のニーズに応えることは、この分野に早くから参入していたプラットフォームにとって、極めて収益性の高いビジネスとなっています。実際、仮想通貨に特化したCoinbaseはその収益の大部分を個人投資家向けサービスから得ていますが、同社はその他にもステーキングや金利収益、ゲートウェイサービス、デベロッパーツール、機関投資家向け取引・保管サービスなど、様々な事業を展開しています。一方、手数料無料の個人投資家向けサービスを提供するRobinhoodの仮想通貨取引からの収益はCoinbaseにはまだ及ばないものの、株式やオプションなど複数の金融商品を扱っていることを踏まえると、それでも同社の収益全体のかなりの部分を占めています。このことからも、明らかに機関投資家よりも、個人投資家の取引が仮想通貨プラットフォームのビジネスを支えていることが分かります。
2022 年に入ると、マクロ環境は一変しました。各国中銀が金融引締めに向かう中、投機的資産はパンデミック禍の潤沢な流動性に支えられた理想的な環境から一転し、逆境に直面します。FRBはインフレを抑制すべく、わずか1年足らずで金利をゼロ近辺から一気に4%を超える水準に引き上げ、その後各国中銀も相次いで利上げに踏み切りました。さらに追い打ちをかけるように、FRB はバランスシートの縮小による流動性の吸収、すなわち量的引き締め(QT)を開始しました。
2022年に続いた利上げの波は流動性を低下させ、2021年の暗号資産バブルは崩壊寸前まで追い込まれました。しかし今振り返ってみれば、パンデミック禍の景気刺激策によって個人投資家が暗号資産市場に振り向けた巨額の資金は、2021年前半にはすでに枯渇し始めていたのです。例えば、ビットコインやその他の暗号資産にとっての最初の大きな波は、米国がパンデミック禍で過去最大の景気刺激策を講じてからわずか数週間後に発生しており、その後市場を襲ったボラティリティの高まりは、暗号資産を取引する多くの投資家を疲弊させることになりました。
今後、個人投資家がブローカーに預け入れた資金を引き揚げ続ければ、暗号資産市場は最も打撃を受けるアセットとなるでしょう。これは、暗号資産にとって足元のマクロ環境は従来と全く異なるものであり、機関投資家の参入が限られているためです。しかし、当グループは、個人投資家が今直ぐ市場からいなくなる可能性は低いと考えます。なぜならば、この15年近く続いた流動性による「低利資金」という認識は、暗号通貨の優勢を占める若い世代の間で間違いなく薄れてゆくとみられるためです。各国中銀がインフレ抑制に取り組む中で世界の金融環境のタイト化が続けば、個人投資家が暗号資産市場を下支えし、ブローカーがメリットを享受するというこれまでのモデルは崩壊するでしょう。
過去数年にわたって、暗号資産の支持者は機関投資家が本格的に参入する時期が迫っていると主張してきました。実際、2020年に入るまで機関投資家が総じて暗号資産に「手を出すべきでない」との姿勢を取ってきたのとは対照的に、一部の伝統的金融機関さえも少しずつ暗号資産市場に足を踏み入れ始めており、自己売買や顧客への提案のほか、オンチェーンで自ら直接様々な取引を行っているケースも見られます。これらは正しい方向への最初の一歩となりますが、市場に参入している金融機関の数はまだ限られており、暗号資産に対する機関投資家の需要は比較的鈍いとみられます。このため、ごく近い将来に機関投資家が勢力を増し、暗号資産取引から手を引く個人投資家と入れ替わる可能性は低いと考えます。これは、特に規模が小さく、流動性の低い暗号通貨に当てはまることです。
とはいえ、個人投資家の取引がこのまま減少すれば、暗号資産市場の投機的な特性は薄れる一方、長期的にはより力強く持続可能なモデルが形成される可能性も期待できます。ただし、投機的な取引が失われれば、大半の暗号資産は存続の危機に晒されるでしょう。今後、暗号資産市場が持続的発展を遂げるためには、暗号資産はそれぞれのルーツに立ち返り、分散化された独自の取引モデルを提供し、経済的に持続可能な資産として成熟することが重要となるでしょう。後者については、昨年、イーサリアムがプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)へと転換を果たし、暗号資産が配当のようなリターンを生み、経済的に持続可能な資産となり得ることを実証したことは、大変心強い出来事でした。イーサリアムはこうした転換を遂げる過程で新たに発行するETHを大幅に削減しました。また、最近では取引データの検証を行ったユーザー毎年最大7%の報酬を支払う仕組みを導入しています。また、これらの報酬は基本的に取引手数料で賄われているため、供給量を増やすことなく支払われています。他の暗号資産やトークンがイーサリアムの例に倣い経済的に持続可能な資産へと変化し、暗号資産全体がより健全な市場として発展することを期待したいと思います。