2022年の株式市場を振り返って:グローバル化の分岐点

2022年の株式市場を振り返って:グローバル化の分岐点

株式
Peter Garnry

Chief Investment Strategist

サマリー:  2022年は、1980年から2021年にわたって続いた制約のないグローバル化の進展が、ロシアのウクライナ侵攻という非情な出来事によって終止符を打ち、世界情勢新たな国際秩序を急速に形成しつつあるという事実が浮き彫りとなった年でした。今、世界は二つに分離したバリューシステムを確立しつつあります。世界のサプライチェーンとテクノロジーは、いずれ自己保全主義による閉鎖的なシステムに支配されるようになるでしょう。また同時に、先進国はグリーントランスフォーメーションを加速させており、あらゆる展開がインフレに向かっているように感じられます。本稿では、2022年を地政学および株式市場の視点から振り返りたいと思います。


終わりの始まり

今年は、サクソバンク証券における私の12年間のキャリアのうちで最も感慨深く、また波乱に満ちた年となりました。2007年当時、私は若手のトレーダーとして株式取引に携わっていましたが、翌年襲った世界金融危機でまるで全てが終わりを迎えたかのような絶望的な状況に直面しました。2010年の後半には、ようやくリセッションから抜け出す気配が感じられたものの、その直後に襲った欧州債務危機で世界は再び混乱に陥りました。この混乱は、ドラギ総裁が「ECBはユーロを守るためにあらゆる手段を用いる」と表明した大胆な金融政策によって終息するまで続きました。その後2014年には、米ドルの急騰と中国経済の急速な冷え込みを背景に、原油市場が暴落しました。中国の経済活動は世界金融危機以来、最悪の水準まで落ち込みましたが、この危機的状況は、2016年2月に上海で開催されたG20で各国首脳がドル高是正に向けて締結した「上海合意」によって収束に向かいました。必ずしも正しい断言できないものの、世界経済はG20を境に改善に向かったと言われています。

そして2017年に入ると、あらゆる資産クラスでボラティリティが歴史的に低い水準となり、方向感のない動きが継続しました。当社のサクソのトレーディングフロアでも一時は「市場は死んでしまったのか、もう戻ってこないのか?」と自問自答するような状況に陥りました。ボラティリティのロング戦略は、高いリターンを獲得するための「安価な」方法を提供する市場の「モルヒネ(麻薬)」となったのです。しかし、2017年を通して11付近で推移していたVIX指数が2018年2月6日の日中に突然50に急上昇し、相場急落を引き起こした「ボルマゲドン」が起こりました。あまりに突然の激しい動きに、それまで人気を博していたボラティリティをショートするVIX連動ETFの価値は急減し、ボラティリティ取引の市場に消えることのない傷跡を残す結果となりました。しかし、2018年の年末に向けて、投資家を驚かせる展開が待ち受けていました。流動性が低下する中で、FRBが経済の方向性や市場の動向を誤って解釈し、2018年12月19日に利上げに踏み切ったことで株式市場の混乱を引き起こしたのです。2019年初めにパウエル議長が政策の誤りを認め、政策をつかさどるのはFRBではなく、あくまでも市場であるとの見解を示す形ですべては収束しました。

2019年は世界経済が冷え込む中、各国で緩和的な政策がとられ、面白味に欠ける1年となりました。しかし、2020年に入ると状況は一転し、中国で新型のウイルスが発生したとの噂が流れ、やがて世界的な感染拡大がもたらされました。社会はロックダウンし、各国の政策立案者は政策金利をゼロまで引き下げ、政府は第二次世界大戦後と同等の大規模な財政出動を行う事態となりました。2020年初頭の時点では、ワクチンの開発には最低でも4年程度を要しており、それが政策立案者の前提となっていたため、大規模な財政刺激策は理にかなっていたと言えます。2020年11月に画期的なmRNAワクチンが発表され、世界的なワクチン接種の進展により、予想以上のスピードで経済再開の道が開かれていったのです。

2021年に入ると、経済のあらゆる側面で根本的問題が顕在化し、インフレの兆しが非常に多く見受けられるようになりました。大半のエコノミストや各国銀行は、供給曲線は需要の変動に対して柔軟であり、需要の増加に対応できるとし、インフレの兆候は一時的なものであると主張し続けました。当社のチームは、2020年12月以降、インフレは構造的でより長い期間にわたって継続すると主張し続けました。このことを、私は大変誇りに思っています。インフレが一時的なものにとどまるとの見解が優勢であったにもかかわらず、私たちはインフレを的確に捉え、そのスタンスを維持したのです。2021年12月、FRBはインフレがより根強いものであることを認め、バイデン政権はインフレを抑制への取り組みはFRBにとっての最重要課題であるとしたのです。これらの出来事の合間にも、繰り返す市場の乱高下やブレグジット、ロシアによるクリミア併合、トランプ政権下における米中間の貿易戦争、スイス国立銀行によるフランの対ユーロ上限撤廃も経験しました。

ご想像のとおり、私はそれまで大抵のことは経験したつもりでいました。しかし、世界は不確実性に満ちており、信じられないような事がいつでも起こり得るのが現実です。2022年は、米国がロシアのウクライナ国境付近における軍備増強と侵攻の真の意図について世界に警告を発することで始まりました。しかし、これには誰も耳を傾けず、特にドイツを筆頭に欧州諸国は意に介しませんでした。トランプ政権は、今にして思えばいくつかの地政学的トピックについて正しい見解を示したにもかかわらず、欧州の信頼を失ってしまったのです。ロシアは2022年2月24日にウクライナへの本格的な軍事侵攻を開始し、ヨーロッパ大陸に再び大規模な戦争を呼び戻しました。これは米国の情報機関にとって、同時多発テロ事件以来最大の勝利であり、欧州はついに安全保障の重要性に目覚めたのです。クリスマスイブに家族と、そして大晦日に友人と夕食を食べるとき、私はウクライナの人々に思いを馳せることでしょう。

2022年は、1980年代初頭の中国の市場改革をきっかけに始まった制約のないグローバル化の流れが一変し、一方に米国と欧州、そしてもう一方に中国とロシアという二極化した世界に向かい始める年となりました。また、今年はインフレが復活し、デジタル化のみが世界経済の唯一のドライバーでるという長い夢から目覚めた年としても記憶されるでしょう。物質的な世界が再び活性化したのです。

世界が急速に二極化するなか、地政学リスクが情勢を支配

かなり前置きが長くなりましたが、2022年をより正しく理解するために必要だと考えました。私たちは今、分かれ道に差し掛かっています。この世界には2つの価値観が生まれつつあり、どの国もそのどちらの価値観を支持するかの選択を迫られているようです。あらゆる物事が「経済的自立」にかかっており、これは、エネルギー、金属、農業をはじめとする経済全体において同じバリューシステムに属さない国に依存した関係が薄れることを意味しています。そのため、欧州諸国はロシアに依存しなくなり、代わりにアフリカとの繋がりを強化し、やがて中国と資源をめぐる競争関係に突入していくでしょう。インドは、新たな世界秩序に対して中立的な立場を取ろうとしている最大の国であり、米国と欧州が中国から生産拠点を移転することによる恩恵を享受しています。

先に述べたグローバル化は、資本と貿易の流れに支配され、国家の介入を抑えた、現代史の中でも特殊な時代でした。今後は国家の安全保障問題がより重要な位置を占め、二極化する世界でグローバルなサプライチェーンが再構築されるなかで、各国政府は経済的な側面でこれまで以上に大きな役割を果たすようになるでしょう。過去と同様に、政府は、エネルギーや半導体産業においてどの技術を推進するかなど、資本配分や政策を支配するようになります。この傾向は、第二次世界大戦以来最大の産業政策として今年米国で可決されたCHIPS法にも裏付けられています。この法案は、台湾をめぐる問題が世界経済にとって最大のテールリスクとなりつつある中、先進国の台湾の半導体製造に対する依存度を下げることを目的としています。

すべての出来事はインフレ率の上昇、ひいては金利の上昇につながっています。市場はまだそれを直視したくないだけであり、2023年に市場が大きく驚くようなことが起こる可能性も十分考えられます。二極化した世界では、制約を設けずに必要なものを必要な時に供給するという「制約のないジャストインタイム」の概念が後退し、よりバッファのある細分化されたサプライチェーンを形成し、結果的にインフレを引き起こすのです。グリーントランスフォーメーションは、欧州地域の戦争によってエネルギーや金属の供給不足が続く中、グリーン化された社会を実現するコストは上昇し、再生可能エネルギーはある一定の時点から膨大なコストを必要とするようになるでしょう。また、気候変動問題によって食糧生産はますます困難になり、食糧価格の高騰につながります。鉱業会社は投下資本に対するリターンをまだそれほど実現できていないため、社会の温暖化対策における願望を満たすためには鉱業の探査と供給を拡大せねばならず、結果として金属価格の高騰を引き起こします。また、従業員は実質的な資産や収入への打撃から立ち直ろうと戦っており、賃金上昇を加速させるでしょう。数え上げればきりがありませんが、これらすべてがインフレを引き起こす要因となるのです。

世界に生じた急激な変化は、当社のテーマ別投資のバスケット全体からも見て取れます。コモディティと防衛関連株は、本日現在、それぞれ24%、22%上昇し、最も好調なパフォーマンスを達成しています。また、再生可能エネルギーや原子力などのエネルギーのバスケットも株式市場全体に照らして相対的に良好なパフォーマンスを上げています。物流およびインドのバスケットは、グローバルなサプライチェーンの再構築による恩恵を受けています。一方、パンデミック後の経済活動の再開、金利ショック、電力料金の高騰によるエネルギー危機を背景とするグリーントランスフォーメーションの停滞(電気自動車の需要低迷に最も顕著に合われた)の影響によって、3つの投資テーマが最も大きな打撃を受けています。

世界がパンデミックから復活する中、米国株はアウトパフォームを続けることができるのか?

グローバル化の最終段階は、デジタル化の進展によってグローバル化によってあらゆる恩恵を享受してきた米国に巨大な多国籍企業が誕生したことです。これを追い風に米国の株式市場は上昇し、欧州株は遅れを取ってきました。中国株は、自国のテクノロジー産業を急速に拡大することで追いつくことができましたが、その市場パワーは中国において政治的な問題となった。しかし、市場における支配力は同国内での政治的な問題へと発展し、独占禁止法や反競争法が制定され、共同繁栄のスローガンのもと、大手テクノロジー大手をつぶすことが唯一の目的となりました。中国の中央集権化と国家統制が進む中、共同繁栄は株主にとってメリットはありません。そのため、市場改革が再開されるまで、当社は長期的に中国株式のアンダーウエイトを継続します。

より大きな問題は、欧州が米国に追いつくことができるかどうかでしょう。長期的な米ドル安と物理的世界の台頭により、欧州の株式はますます興味深い展開が期待できると当社は考えています。欧州は軍事費を倍増させ、新しい世界秩序の中でより積極的になることを目指しており、エネルギー制約が解消されれば、今後の経済成長にとってポジティブな材料となるでしょう。また、中国を除く新興国市場も、コモディティスーパーサイクルと米ドル安の環境下で好調となるはずです。

エネルギーはインフレ時に最もリスク低減効果に優れた資産であり続けるか?

投資家は何年も前から、いずれインフレが復活した時に、どの資産でインフレヘッジを実現するかを話題に取り上げてきました。不動産やインフレ連動債などが挙げられましたが、真のインフレヘッジはエネルギーであり、その次はより範囲の広いコモディティセクターであることが判明したのです。私たちの仕事や社会は、すべてエネルギーで成り立っています。私たちの富を増やし続ける長い旅は、エネルギーの上に築かれているのです。私はリチャード・ローズ著「エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来」という本を強くお勧めします。この本は、エネルギーの歴史と、さらに多くのエネルギーを採取する技術について、素晴らしい旅を提供してくれます。

バッテリー技術の進歩に伴い社会のあらゆる側面で電化が進む中、エネルギーは今後も極めて重要であり、膨大な株主利益を生み出すものとみられます。短期的には、石油とガスは今後も存続し、ESG運動はESGの制約を受けない投資家が有利に活用できるミスプライシングを引き起こしています。長期的には、水素、燃料電池、再生可能エネルギー、原子力、核融合が主流となり、リターンをもたらすでしょう。

2023年に向けて、エネルギーセクターは引き続き注目すべきセクターであり、構造的なインフレと足元の金利水準は、次の経済サイクルにおいて金融セクターにとって大きな追い風となるでしょう。また、鉱業も依然として重要なセクターであり、テクノロジーセクターもまだ新しい産業構造での調整段階にあります。すなわち投資家にとって重要なことは、無形資産と有形資産に対する投資のバランスを取ることです。

インフレに最適なのは高品質かつ利益率の高いビジネス

2023年も引き続きインフレがテーマとなり、賃金上昇圧力がますます強まるものと予想されるため、企業は来年も営業利益率を維持する戦いを強いられるでしょう。足元の環境では、企業規模が小さく、財務レバレッジが高く、生産に投入する従業員の割合の高い企業が最も強い圧力に直面することになります。先日のレポートでお伝えしたとおり、各業界で営業利益率が最も低い企業が、インフレの圧力に最も晒されることになります。ウォーレン・バフェットは、1970年代から1980年代初頭のインフレ期に、高い利益率、強力なブランド、競争力のある技術を持つ企業がインフレ期をより上手く乗り切れることを学びました。この教訓は、現代の投資家にとっても同じであり、当社のお客様が2023年にポートフォリオを管理する際に、この考えを考慮されることをお勧めいたします。

本稿は、これまで私が書いた中で最も長いレポートでした。しかし、今年は、2022年に世界が変容した年として後に振り返ることは間違いないでしょう。ウラジーミル・レーニンの有名な言葉があります。「何も起こらない数十年があり、数十年分の出来事が起きる週がある(There are decades where nothing happens; and there are weeks where decades happen)」

お客様、そして世界中の人々にとって、来年が幸多き1年になることを心よりお祈りしています。

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