日本円(JPY)は外国為替市場で、米ドル、ユーロに次いで3番目に取引量の多い通貨であり、重要な準備通貨でもあります。円は最近乱高下に見舞われています。2022年にインフレ懸念が高まると、ドル円相場は110円から150円へと円安に振れ、その年の後半には日本の当局が数回にわたり為替介入を行うに至りました。さらに12月の日銀金融政策決定会合いて委員からタカ派寄りの意見が出されました。それ以来、円のトレーダーは日銀がタカ派っ色を強めたシグナルを発するのを待ち望んできましたが、失望させられ続けています。本レポートでは、円相場を大きく動かす要因のいくつかについて検討します。
利回り格差が拡大する中でのキャリートレード
日本は長年にわたって超低金利を維持し、そのため日本円は世界の資金調達通貨となっています。つまり、人々は低金利の円で資金を調達し、それを利回りの高いドルや他の通貨に換え、リターンを高めるために、米国債など、相対的に高金利の金融商品に投資を行います。このため、円と米国債の動きには密接な関係があります。米国債の利回りが上昇すると、円ドル相場は下落する傾向があります。米国と日本の国債(利付債)の利回り格差が拡大し続ける限り、円には下落圧力がかかることになります。
日銀の金融政策への期待
中央銀行の政策変更は、常に為替トレーダーの頭を悩ませるものですが、より重要なのは中央銀行の政策変更に対する期待であり、それは通常、経済成長、インフレ、賃金上昇、その他の頻繁に発表される統計の影響を受けます。統計が経済の好調を裏付けるものであれば、市場参加者は金融引き締めを予想し、その結果、通貨が上昇します。
日銀は、10年物国債を購入し、利回りを0.5%以下に抑えるなど、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を堅持する唯一の中央銀行です。日本のインフレ動向は最近曲がり角を迎えています。長年のデフレの後、インフレ率が前年比3%以上の水準まで上昇しています。このようなインフレの再来は、日本経済の過熱を避けるために刺激策の一部を取り除く余地があることを示唆しており、円高への期待につながっています。しかし、日本の当局は現在のインフレ圧力を輸入主導の一時的なものと見なし、金融政策正常化を求める圧力に抵抗し続けています。
円が対ドルで歴史的な円安水準にある今、日本国民は円での貯蓄や投資を続けるか、外貨に資金を移すかという難しい選択を迫られています。銀行は後者の急増を指摘しており、この動きが金融緩和政策の再考を促す可能性もあります。そうなれば、円は上昇するでしょうが、ドル円相場のボラティリティが大幅に高まることになります。
為替介入
為替介入とは、政府と中央銀行が公開市場で積極的に売り買いを行い、通貨を望ましい方向に動かすことです。先進国がこのような介入を行うのは異例のことですが、昨年日本は24年ぶりに為替介入に踏み切りました。通常、介入の効果は短期間で終了します。
歴史的に、日本当局は輸出と日本経済の工業化を促進するため、円安を好んできました。そのため、介入は過度な円高の際に行われることがほとんどでした。しかし、直近の2022年の為替介入は、急激な円安に歯止めをかけ、円高へと誘導することを意図したものでした。既に多くの日本企業が生産拠点を海外に移しているため、円安は輸出企業にとってかつてほどの恩恵はありません。また、日本は多くの資源(主にエネルギー)を輸入に頼っており、円安はその輸入コストを高くします。さらに、当局は通常、通貨が特定の水準に達したから介入するのではなく、通貨の動きのペースが急な場合に介入します。
日本円は現在、対米ドルで7カ月ぶりの安値付近にあり、昨年介入が見られた水準近くで推移しています。米国債利回りの急上昇を受けて再び円安が進めば、為替介入懸念が高まり、円がさらに下落する余地は限られます。最近、米国が日本を為替介入監視対象から外したことで、日本の当局が為替操作国というレッテルを貼られることなく介入できる余地がさらに広がりました。それでも、ドル円が145円に近づくまでは介入という弾薬は温存される可能性が高いでしょう。
セーフヘブンという地位
日本円はまた、経済的・地政学的緊張が高まった際のセーフヘブン(安全な避難場所)と考えられています。つまり、株式市場が動揺すると円は上昇し、経済状況の悪化が予想されるときにポートフォリオのリスク回避に使われます。円がセーフヘブン通貨と認識されるようになったのは、日本が国外のリスクの高い債券に投資しており、状況が悪化すると、その債券を売却して円に換えることができ、その際には大量の円需要が発生し、円高になるからです。また、円は流動性が高く取引が容易であり、概ね安定した政府に支えられていることも要因です。
円トレーディング
つまり、円トレーダーは通貨の行方を見極めるために、いくつかのマクロ経済要因を念頭に置く必要があるということです。短期トレーダーは2年物米国債利回りと株式市場の方向性に注目する必要があり、長期投資家は米10年国債や30年国債などの長期利回りに注目する必要があります。したがって、日本円に対する見通しは複数のマクロ要因の関数によって導き出されるもので、以下のようなシナリオが考えられます:
- もしあなたが景気後退派で、今後数カ月の間に経済活動のペースが鈍化すると予想しているのであれば、米連邦準備理事会(FRB)による利下げの可能性を考えるでしょう。これは利下げが市場に織り込まれることによる米国債利回りの低下、ひいては円高の可能性を意味します。景気後退懸念から米ドルのセーフヘブンとしての買いが注目されるようになったとしても、円に対する圧力は最小限にとどまり、円は他の通貨に対して上昇する可能性があります。しかし、現在のところ、経済統計は引き続き堅調であり、深刻な景気後退の可能性は低いと思われます。
- 一方、経済成長率の上昇と高インフレが続くと予想するなら、最近中断されていたFRBによる利上げが再開し、利上げサイクルが長期化する可能性があります。つまり、米国債利回りは上昇を続け、円を圧迫する可能性があります。そうなると、日本の当局が(一時的な効果しかない)為替介入あるいは金融政策の正常化を迫られる可能性があります。しかし、日銀は市場の圧力に屈する可能性は低く、最近は政策正常化を検討するためのもう一つの重要な指標として賃金上昇率にも目を向けるようになっています。
- 第3のシナリオは実現が最も困難なものです。もしゴルディロックス(適温経済)が続けば、つまり成長率が持ちこたえ、インフレ率が軟化し続ければ、投機家は円を手中に収めることができるでしょう。しかし、日米の金融政策が乖離する中で、全般的な円安傾向は持続するかもしれません。この場合、米国株は引き続き上昇する可能性があり、投資家は円をドルに交換し、株式投資とキャリー・トレードのリターンの組み合わせを享受することができます。
こうしたシナリオの可能性を見極めるには、米国の経済統計に引き続き注目する必要があります。また、7月下旬から始まる米決算シーズンは米国の消費と景気の先行きを占うものとして注目されます。業績結果や見通しが予想を下回れば、最近AIブームで大きく上昇した株式が景気後退シナリオを織り込み始めるかもしれません。
今後2回の日銀の金融政策決定会合(7月28日と9月22日)については、総裁会見がライブ配信されるため、トレーダーの関心は高く、円のボラティリティが高まる可能性があります。本年下半期にコア・インフレ率が低下するという日銀の予想に反し、インフレが高止まりするようであれば、トレーダーはオプションを使って日銀の予想外のタカ派転換に備えるかもしれません。