マクロ・インサイト:植田日銀総裁候補は柔軟性を備えた緩和政策を継続

概況
チャル・チャナナ

チーフ・インベストメント・ストラテジスト

サマリー:  2月24日にスタートした国会での所信聴取で、植田日銀総裁候補は今後の金融政策について現行の金融緩和を継続する方針を表明し、最優先事項である2%の物価安定を達成するというスタンスを明確に示しました。一方、イールドカーブ・コントロール(YCC)の副作用を認識した上で、必要に応じて柔軟な政策運営を行う構えであるとし、政策修正について一定の余地も残しています。今回の所信聴取は、日銀のタカ派転換に対する市場の強い警戒感を概ね払拭する内容となりました。


今週は、日銀正総裁の後継候補である植田和男氏に対する国会での所信聴取が高い注目を集めました。植田氏は当面は黒田現総裁の政策シナリオを継承するとした上で、必要に応じて正常化に柔軟かつオープンな姿勢で臨む姿勢を示し、市場の混乱を招くことなく初日の答弁を終えました。

2月14日のレポートでお伝えしたように、植田氏は2005年から日銀の政策運営の現場から離れていたこともあり、正常化を検討し始めるまでには、しばらく時間を要するものとみられます。世界的な金利上昇が続く中、植田氏の中立的な発言で日銀のタカ派転換の可能性が後退したことによって、足元のボラティリティ一巡後は再び円安が加速する可能性が考えれます。日本の株式市場はポジティブに反応し、引き続き明るい兆しが見受けられています。 

2%の物価安定目標を維持

これまで市場は、岸田首相は日銀や財務省経験者が総裁のポストを望んでいないため、次期日銀総裁はそれ以外の候補者から選ばれる可能性があると考えてきました。こうした背景から、日銀の政策が出口に向かいつつあり、「政府・日銀の共同声明」で2%の物価目標を変更する考えが示されるとの警戒が高まっていました。

しかし当面、その可能性は後退したようです。植田氏は明らかに「足元のインフレ進行は主に輸入が主因であり、持続不可能」との黒田総裁のスタンスを踏襲する方針であることが確認されました。植田氏は賃金上昇の重要性を強調しつつも、物価上昇の動向を見極めるには様々な要因を注視する必要があり、2%の物価目標の持続的・安定的な達成には、なお時間がかかると述べました。

このため、植田氏は日銀にとって重要な課題は2%の物価目標を持続的に達成することであり、供給サイドのインフレ抑制に向けて財政政策を活用する考えであることを繰り返し強調しました。

Source: Bloomberg, Saxo

「金融正常化」よりも「政策修正」

植田氏は黒田総裁ほど金融政策の正常化を具体的に検討していないようですが、2%の物価目標が達成された場合には、自らの責任で適切な時期に正常化に踏み切ると述べています。これは、インフレが予想以上に根強いことが確認された場合には、新体制下でイールドカーブ・コントロールに見直しが入る可能性が高まることを意味しています。

しかし、植田氏がインフレ圧力は持続不可能であるとの見方を示していることを踏まえると、日銀は当面にわたって正常化を見送るものと予想されます。植田氏はイールドカーブ・コントロールの副作用が顕在化していることを認めた上で、政策修正に柔軟な姿勢で臨むとしました。

今後予想される政策修正とは

植田氏は具体的な政策修正について明言しなかったものの、長期金利ターゲットを現行の10年から5年または7年に設定する、あるいは許容変動幅を拡大するなど、柔軟な政策運営を行う考えを示しました。これは、10日前に植田氏が述べた「長期金利上限の段階的な引き上げは次の金利ターゲットを見越した取引を誘発し、市場で様々な憶測が広がる」とのコメントとは対照的なものとなりました。

日銀が早急に出口に向かうとの警戒感は後退したものの、タカ派転換に対する懸念は今後もくすぶる可能性が

日銀には、インフレが一過性に終わらないことが確認された場合も正常化に向けて「工夫を凝らした」政策運営を行うという選択肢が残されています。具体的には、植田氏は国債を売却する代わりに日本銀行当座預金の金利を引き上げるといった手段があることも指摘しています。

市場との対話

植田氏の新体制下において、日銀の対話力がいくらか改善されることが期待できるでしょう。特に、今後5年間のいずれかの時点でイールドカーブ・コントロールが解除されるとすれば世界的に甚大な影響を及ぼすこともあり、日銀は国内のみならず各国中銀と足並みを揃えることが極めて重要となります。また、市場との対話を向上することで円の投機的な取引を抑制し、安全逃避先としての地位が高まることも期待できるでしょう。

 

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