壊れた欧州経済

壊れた欧州経済

Christopher Dembik

Head of Macroeconomic Research

サマリー:  欧州の経済状況はこれまで市場が恐れていたほど悪化していないようですが、まだ解決すべき多くの課題が残されています。


レジリエンス(回復力)のある経済

市場はこれまで欧州経済の先行きについて過度に悲観的になっていたようです。エネルギー価格の高騰が軟化しつつあるほか、電力供給源の多様化や暖冬による大規模停電の減少や一連のハードデータの底堅さ(特にドイツ)を受けて、市場は2023年のハードランディング・シナリオについて見直しを迫られています。こうした中、ユーロ圏のGDP成長率のコンセンサス予想はマイナス0.1%から0.0%に上方修正されました。これは小幅な修正にすぎませんが、大きな変化として捉えるべきでしょう。当グループはコンセンサス予想には上振れ余地が十分残されており、足元のポジティブな動きは今後も継続する可能性が高いと考えます。今年1月半ばにゴールドマン・サックスは世界の大手金融機関の中で初めてユーロ圏経済に対する弱気な見方を覆し、域内の成長率予想をマイナス0.1%からプラス0.6%に引き上げました。当グループの見方はそこまで強気ではありませんが、ユーロ圏経済はリセッションを回避できる可能性があると確信しており、GDP成長率はプラス0.3%~0.4%程度に上振れる公算が大きいと判断しています。ほんの数か月前は、アナリストの9割が2023年の基本シナリオはリセッションであると予想していたことを考えれば、これは驚くべき変化であると言えるでしょう。 

何が変化したのか?実のところ、ユーロ圏の景気は予想以上に堅調です。エコノミック・サプライズ指数(下図)は現在、1年ぶりの高水準にあります。これは、経済データがエコノミストの予測を上振れて推移していることを意味します。それは、ドイツに特にあてはまります。ガス消費量が2桁台の減少となる一方、鉱工業生産はほぼ横ばいで推移しています。これは目覚ましい成果であるだけでなく、昨年11月の鉱工業生産指数を見る限り、ドイツの産業界は第4四半期にリセッションを回避できたようです。また、2022年のドイツのGDP成長率は速報値ベースで1.9%と事前予想を大幅に上回り、政府の目標値に対して0.5%上振れました。あらゆるデータがユーロ圏経済が今四半期に回復を遂げ、当面にわたって堅調に推移する可能性を示唆しています。したがって、リセッション入りの可能性は急速に後退しています。また、2023年はマクロ経済や金融市場に急激な変化が生じる可能性は極めて低いと予想され、こうした要因も安定的な経済成長を遂げる上でポジティブであると当グループは考えます。経済が予想以上に回復した場合は、ECBのラガルド総裁が12月の会合で公言したように、より積極的な利上げを正当化する理由を与えることになります。

ユーロ圏のエコノミック・サプライズ指数は大きく改善している。2023年のGDP成長率予想(コンセンサス)の0.0%はやや保守的であり、上方修正の余地は大きいと予想される。

依然立ちはだかるリスク

しかし、2023年が決して困難な年とはならないとは言い切れません。

  • クレジット市場のストレスは上昇傾向に – 欧州の投資適格債の利回りが年初に4%台を上回るのは、過去10年間で初めてのことでした。今後、多くの企業が新たな資金調達先の確保に苦戦するものと予想されます。また、中小企業の大半は希薄化リスクの極めて高い転換社債に頼らざるを得ない状況に直面するでしょう。個人投資家はこうした上場企業への投資を控えるべきでしょう。
  • ECBの量的引締めによって市場は約7,000億ユーロの流動性を吸収する必要が – これは複雑なプロセスであり、結果的に資金繰りがタイトとなり、株式市場のボラティリティもつられて上昇する可能性があります。
  • エネルギー危機が再び課題に– これは政治的に正しいことではありませんが、気候変動のおかげで、これまでヨーロッパではエネルギー危機が回避されてきたことは事実です。しかし、春には枯渇した備蓄を補充する時期が来るため、エネルギー価格が再び高騰すると予想されます。EUはエネルギー供給源(例えば米国、オーストラリア、あるいはモザンビークからの天然液化ガス)を確保できると当グループは確信していますが、高いコストを支払うことになるでしょう。これは、中国の需要拡大に伴う原油価格の上昇と相まって、今年下半期には最終的にインフレ加速をもたらすでしょう(当グループは中国の経済再開に伴い、今年の春頃に同国の原油需要は400万B/D増加すると試算しています。これは、市場予想の実に3倍に相当します)。
2022年の欧州エネルギー危機のピーク時には、いくつかの国で電力卸価格が10倍に跳ね上がりました。ウクライナ戦争によるガス価格の高騰や、フランスの原子力発電の問題がその一因でしたが、足元では下落基調を辿っています。しかし、市場はコロナ前の水準(1MWhあたり50ユーロを下回る価格で取引されていた)に戻るとは予想していないようです。

賃金・物価スパイラルのリスクは?

ユーロ圏の労働市場は依然としてタイトです。直近のデータでは、2022年11月のユーロ圏とEUの失業率はそれぞれ6.5%、6.0%でした。失業率が最も高かったのはスペイン(12.4%)で、最も低かったのはドイツとポーランド(3.0%)でした。ECBのエコノミストは1月中旬に公表したワーキングペーパーで、向こう数四半期にわたって賃金が過去の水準を大きく上回るペースで加速するリスクを指摘しました。ECBは「これは、景気減速や最低賃金の引き上げ、賃金・物価スパイラルの影響は今のところさほど大きくなく、労働市場が底堅く推移していること示している」と指摘していますが、当グループはこの判断にやや懐疑的な見方をしています。 中東欧諸国では、当然ながら賃金の上昇がインフレを加速させているものの、これは明らかに西ヨーロッパ諸国には当てはまりません。賃金の大幅な上昇が物価の上昇を引き起こし、インフレ抑制を困難にするリスクは、かなり低いと当グループは考えます。実際に、いくつかの国では賃金上昇がインフレ率に大きく遅れを取っています。驚くべきことにスペインでは、平均的な実質賃金が15年前の水準を下回っているのです。このため、賃金・物価スパイラルが起こるとは考えにくいと判断します。しかし、ECB が賃金・物価スパイラルを甚大なリスクとして判断した場合、過度な金融引締めに動く可能性があり、クレジット市場の信用不安の増大につながるリスクが懸念されます。

全体的に見ると、ユーロ圏の2023年のGDP成長率予想は以前から過度に悲観的であり、引き続き上振れ余地はあると考えます。リセッションは回避される可能性は高いでしょう。しかしながら、欧州経済はまだ打撃を受けた状態にあります。次の冬もエネルギー危機は大きなリスクとなり得るでしょう。EUは原発について依然として消極的であり、電力市場改革の進展にも遅れが生じています。ECBは賃金の大幅な上昇を期待していますが、実際には、大半の国で労働者は更に貧しくなっています。そして、異例のマイナス金利政策の下で恩恵を受けてきた企業は、これから正念場を迎えることになり、その多くは倒産するかもしれません。政治面では、我々は楽観的ではありません。EU理事会議長国のステータスはそれほど野心的な目標を掲げる動機にはつながりません。EU議長国のスウェーデンは当然ながらウクライナ情勢に注力し、2023年下半期の議長国であるスペインは国内の総選挙を控えています。今年は、政治面でそれほどポジティブな展開は期待できないでしょう。

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