モデルの崩壊

モデルの崩壊

スティーン・ヤコブセン

最高投資責任者(CIO, Saxo Bank A/S)

サマリー:  世界の金融市場はコロナやウクライナ侵攻前に戻ろうとしていますが、従来の政治経済モデルはもはや機能しなくなっています。世界は新たな夜明けを迎えており、市場はうまく適応しなくてはなりません。


「If it is not broken, don’t fix it(壊れていないものを直すな)」という有名な言葉がありますが、これはまるで1980年代以降に各国中銀や政治家が活用してきたモデルのことを指しているようです。つまり、新たな景気サイクルに入る度に一つ前のサイクルの政策の使い回す方法を何度も繰り返し、「返済期限を延長して問題が解決したふり(extend and pretend)」を続け、すでに負債で飽和状態にある経済をてこ入れするモデルのことです。この言葉をもっと正しく言うと、「なぜ経済は壊れ続け、直すたびにさらに壊れるのか?」となるでしょう。

これこそが、今回の四半期予想のテーマです。年明け早々から市場はどうにかしてコロナやウクライナ侵攻以前の「標準的」な世界経済に戻ろうと躍起になり、利上げペースの減速、とりわけインフレ鎮静化を前提に巨額の流動性が新たに供給されることを期待しています。 

こうした市場の期待は、「世界が必要としているもの」を完全に誤った前提に基づいて捉えているためだと当グループは考えます。つまり単にこれまで使われてきたモデルが壊れているのです。このため市場は、エネルギー不足(ベースロードと投資不足の両方)やサプライチェーンの多様化と脱グローバル化という根本的な危機に向き合う代わりに、インフレが起こらなかったサイクルと同じモデルに基づいてインフレ率やFRBの政策金利のピーク、そして金融商品がリターンをもたらす時代に戻る時期を予測しようとしているのです。主に OECD 加盟国の視点で考えると、リスクを孕んだ新たな貿易・金融同盟(ロシア、中国、インド、サウジアラビア)の台頭や、あまりにも低い生産性によって実質的経済成長や経済格差の縮小の実現は極めて困難な状況となっています。 

2022年下半期にかけては、米国がリセッション入りする確率は100%とする見方を巡って多くの議論が交わされた際も同じモデルが活躍しました。2023年に入ると、投資家は「ソフトランディング」か「浅いリセッション」という見通しに賭けるようになりました。ここでもモデルはもはや機能しなくなっています。2022年になるとコロナ禍での過剰な需要は減少したものの一定の水準にとどまり、供給不足は一向に解消されていません。このため、中長期的なインフレ率は目標の2%~3%に到達せず、4%程度で着地するという現実的なリスクが存在します。

つまり、今は無形資産への投資が支配するデジタル経済ではなく、私たちが見て手に触れることができる有形資産、つまり実体経済に目を向ける必要があるのです。現在、無形資産を主体とする業種はS&P500指数の時価総額の実に90%を占めています。つまり、世界的に進められている財政・金融政策やグリーントランスフォーメーション、そして大量の電力を消費するデジタル化といった目標を達成するには、実体経済が小さすぎるのです。この問題に対処するためにやるべきことは、単純により多くのインフラを建設し、より安価で環境に優しいエネルギーを生み出し、何よりも生産性を高めることなのです。

多くの識者は、現在の供給不足と世界的な供給制約の高まり、経済の潜在成長率や資本の収益性の妨げになると考えています。しかし現実の世界では、私たちは最も大きなプレッシャーに晒された時こそ、変革をもたらす威力を最大限に発揮できるのです。限界資本コストの上昇やエネルギー制約の問題、そして各国の政府や中央銀行が金融市場において適正な価格形成を促すことができずにいることによって、いずれ古いモデルは完全に崩壊すると考えています。ただし、これは世界経済が前進するためのポジティブな変化です。2022年は、債券と株式の両方で記録的な下落相場となりました。そして2023年は、新たなファンダメンタルズを見出す年となるでしょう。

政策金利のピークはそれほど遠くないでしょう。今ではないにせよ、確実に近づきつつあります。消費者はパンデミック禍の経済対策で膨らんだ余剰貯蓄を取り崩しながら消費を続けていますが、2023年のいずれかの時期にクレジットへと移行するでしょう。私たちは完全雇用を実現しており、また、金融状況はFRBが昨年6月に0.75%の利上げを開始した頃に比べると緩和的になっています。さらに重要なことは、中国はゼロコロナ政策や民間企業に対する規制の一部を撤廃しています。

当グループは、習近平国家主席のゼロコロナやハイテク企業を巡る規制強化からの政策転換、とりわけ不動産政策の緩和は、 2023 年の世界経済に重要な影響を及ぼすであろうと考えています。昨年、中国はエネルギーの輸入量やコモディティ需要が低迷する中、生産能力の最大70%で経済を動かしていました。今、中国の指導者たちは過去10年間にわたり民間企業の活動が徐々に減速し続けたことによって、経済が弱体化したことにようやく気が付いたようです。これは、インフラ投資を中心とする財政政策をはじめ、住宅ローン支援、国有銀行のバランスシート拡大、本格的な経済の再開に向けて大規模な財政出動が必要であることを意味します。 

これは、すでに2023年の最大の出来事となるかもしれません。2003年(WTO加盟後)、2009年(世界金融危機後)、2016年(人民元切り下げ)の3つの期間に分けてデータから、中国の積極的な財政政策が世界経済にもたらした影響について考えてみましょう。3年に及ぶロックダウンによって中国の財政支出は平時に比べてより長く、より大きく拡大する見通しであるため、クレジット・インパルスは2007年-2009年と同等の水準まで上昇するものと予想します。

第1四半期もどうやらソフトランディング派とリセッション派のせめぎ合いになりそうです。  今のところソフトランディングの確率が加速度的に高まっており、リセッション入りの確率は低下しつつあります。これは紛れもない事実であり、少なくともリスク資産のトレードを行う時はそれを前提とすべきでしょう。ただし、ファンダメンタルズは何ら変化していないということを、常に忘れてはなりません。当グループは経済状況が極めて緩和的な状態にあることを鑑みて、エネルギーと脱グローバル化に対してロングポジションを取っています。これは、2023年下半期に再びインフレが加速し、世界的に経済成長も上振れすることを意味します。ただ、こうした傾向は主に欧州や米国で顕著となる見通しであり、FRBは一時的な停止期間(今年後半に継続的な利下げに踏み切る準備は整っていない)を経た後、再び利上げに動かざるを得なくなるでしょう。これは1979年から1982年にかけてボルカー前FRB議長が目指したインフレ抑制への道のりを再び辿ることになるでしょう。

このように従来の政治経済モデルは壊れています。ただし、第1四半期はその壊れたモデルを入れ替える前に、各国政府や中銀が再び「返済期限を延長し、問題が解決したふりを続ける(extend and pretend)」ことを織り込んだ相場展開が予想されます。

今年も安全に乗り切りましょう。
スティーン・ヤコブセン

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