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Chief Investment Strategist
サマリー: 世界の新たな二極化が急速に進む中、株式市場は痛みを伴う転換期を迎える
2017年に出版されたアンドリュー・W・ロー著「Adaptive Market」は、一般的に支持されてきた「効率的市場仮説」を覆す非常に説得力のある理論を提唱し、生物学的概念を参考に用いながら金融市場を含む広範な経済システムの動きを検証しています。自然界には、与えられた環境に対してより適応力のある生物が存在し、これらの生物はその他の生物に比べて生存率が高く、より多くの資源を確保し、より高い繁殖能力を有しています。これらの生物は適応力に優れているものの、突然変異や外部環境の変化によって、時として他の生物が優位性を獲得することもあります。水が氷や水蒸気へと変化するように、自然界の転換点は物理学での因果律とは無関係に無秩序なことも多く、混乱に満ちた私たち人間の世界も同じく極めて予測不可能なものとなっています。
1980年から2020年までのグローバリゼーションの時代には、多国籍企業が最も優れた適応力を持つ存在だったようです。IT革命の後期には、物理的な制約の少ないソフトウェア開発企業が適応力を発揮し、グローバリゼーションとロシアからの安価なガスの供給が相まって、先進国の中でも特にドイツは時代の変化に極めてうまく適応しました。また、低金利時代に入ると、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティ、不動産投資会社がその恩恵を享受しました。そして2022年に私たちが目の当たりにしたのは、1980年代に始まったグローバル化の時代の終わりと共に世界が転換点を迎え、有用性の高い経済モデルや経済的手法が闇に迷い込んだという事実です。この転換期の向こうに何が待ち受けているかを予測することは困難ですが、当グループはグローバル化の時代にうまく適応していたものは、地政学的要因や価値観が二極化された世界には、もはや適応しなくなるのではないかと考えます。つまり、これまで非常にうまく機能してきたモデルも、今後はうまくいかなくなるということです。本稿は、これらの壊れたモデルを考察し、株式市場の見通しを述べます。当グループは、従来の経済モデルの崩壊は、主に5つの影響をもたらし得ると考えています;
デジタル化の時代はすでに1990年代初頭に始まっており、1994年のアマゾンの起業は初期に見られた重要な出来事の一つであったと言えます。しかし、デジタル化が株式市場を支配するようになったのは、世界金融危機以降のことです。主にネットワーク効果やブランド、特許などの知的財産権や無形資産によって支配される企業をはじめ、無形資産によってビジネスを展開する企業は、機械、担保価値、建物などの有形資産を提供する企業の業績を大きく上回りました。この無形資産ブールは2008年4月頃から始まり、新型コロナウイルス感染症ワクチンmRNAの供給が発表されるひと月前の2020年10月まで続きました。ワクチンがすべてを一変させたのです。
まず、想像以上に早い段階で経済再開を実現しました。ワクチン接種まで4年程度かかるという基本シナリオに対して、社会への影響を和らげるための財政・金融刺激策に要する時間を大幅に圧縮したのです。この予想以上に早い経済再開は世界経済に波及し、人々の資産や所得が大幅に拡大させ、デジタル世界の外でようやく消費できるようになりました。その結果、物理的世界に弊害を引き起こし、供給面でのショックが生じることとなりました。このような物理的な需要の爆発は、第二次世界大戦後にヨーロッパにおける社会の再建によってインフレ率が自ずと上昇した時に講じられた刺激策に匹敵する規模となりました。コモディティ価格は高騰し、2030年までの10年間をコモディティスーパーサイクルで締めくくるかもしれません。こうした中、過去3年間にわたり、有形資産セクターは無形資産セクターをアウトパフォームしています。私たちは、このトレンドはまだ始まったばかりであると考えます。
昨年は、物理的世界に属する商品分野(農業、エネルギー、鉱業)と防衛産業の企業のパフォーマンスが好調な年となり、唯一ポジティブなトレンドが続いた領域でした。これらの2つの領域は、異なる価値観をめぐって「戦争」状態にある世界や、米国と欧州がコモディティの安定供給確保、インフラ、防衛への投資を巡って競い合い、グローバルなサプライチェーンを変容させるだけでなく、経済を化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーへシフトするために時間との戦いが繰り広げられるような状況においては、デジタル企業よりも適応力に優れているようです。これまでは投資家に魅力的なリターンをもたらす無形資産主導型企業のブームによって、物理的世界に投じる資本が減少していました。しかし、私たちが現在直面している転換点に向けた準備はすでに水面下で始まっており、パンデミックとその後のウクライナ戦争がこの変化を一気に加速させることになりました。
コモディティ関連では、当グループは銅とリチウム鉱業関連銘柄に極めて強気な見方していますが、その背景には、グリーン・トランスフォーメーションと、その実現に向けて各国政府が拠出した巨額の資金供給があります。コモディティ価格はすでに大きく上昇しており、リスクリワードレシオの観点からはあまり魅力的な投資対象ではないと考える向きも多いようですが、もしスーパーサイクルが10年間続くとするならば、まだ 8 年残されています。過去のコモディティのスーパーサイクルでは、商品のスポット価格は年率 20% 上昇しました。新たな地政学的環境は、欧州の防衛産業の拡大(欧州の防衛費は対GDP比で倍増される見通し)を強力に後押しすることとなり、次の景気サイクルでは年率20%に迫る2桁台の成長率が見込まれています。
とはいえ、例外は常に存在します。2022年に成立した米国CHIPS法を契機に半導体を巡る「戦争」は激化しており、今後10年間は大規模な投資ブームと成長、そして税制優遇措置が欧米の半導体企業の収益を押し上げるものと予想されます。半導体は一定の範囲で物理的世界に大きく関与するものの、半導体銘柄のバリュエーションを見ると、企業収益は特許等の重要な無形資産に支えられていることが見て取れます。
地政学的変動に支配される世界では、昔ながらの武力を競い合う戦争とは別の次元で「戦争」が繰り広げられており、デジタルシステムは攻撃に対して脆弱です。したがって、企業や政府はデジタル資産の保護に膨大なリソースを費やすこととなり、その結果としてサイバーセキュリティ関連企業に長い成長の道筋を開くことになるのです。
グローバル化の後期におけるテクノロジーセクターの強い適性と低金利が相まって、ナスダック総合指数を構成する米国のテクノロジー関連セクターの銘柄は、その他のすべてのセクターをアウトパフォームしました。このため、米国株は欧州株よりも高いアルファを創出し、欧州株はユーロ財政危機以降、長い低迷期にはまり込むこととなりました。欧州は基本的にデジタル世界での優位性を米国に奪われたのです。脱グローバル化が加速し、ウクライナ戦争がエネルギー危機を増幅させ、世界が物的資産を必要とする今、欧州はこうした変化によるメリットを享受するでしょう。欧州の株式市場には、グリーンエネルギー分野の技術や鉱業、自動化、ロボット、最先端部品など、新たな環境下で成長を遂げる企業が数多く存在します。また、欧州諸国はインフラ投資や防衛費の増加を背景に保守的な財政政策を支持するドイツを含めて各国が財政赤字の拡大を余儀なくされる中、活発な投資活動が向こう10年間にわたって経済成長を牽引する可能性があります。
株式市場のパフォーマンスを米ドル建てのトータルリターンで見ると、実のところ1969年から2008年までは欧州株式が米国株式を上回っており、この間にいくつかの長期的なサイクルが生じました。しかし、2008年半ばから2022年10月にかけては、米国が勝ち取ったデジタル化に伴う無形資産主導型の産業の台頭に伴い、米国株式が欧州株式を大きくアウトパフォームしています。その後、有形資産主導型のセクターが無形資産主導型のセクターをアウトパフォームし始めたものの、欧州株式はつい最近まで出遅れていました。新たな地政学的環境が当グループの予想通りのものとなれば、欧州株式はいずれ復活するでしょう。米ドルは歴史的にユーロに対して強いことから、欧州に比べて構造的に高いインフレ率を背景に今後ドル安が進行した場合には、為替面でも欧州株の大きな追い風となるでしょう。株式のバリュエーションを見ると、欧州株の12 ヶ月後予想 PER は 11.9倍 と、米国株の 17.7倍 に比べて魅力的な水準にあります。足元の割安なバリュエーションは投資家にとって無視できないものであり、欧州がエネルギーの安定供給を確保し、ウクライナ戦争が終結すれば、おのずと資金の流れもそうした動きに追随することになるでしょう。最後に、中国が経済を再開し、2008年の世界金融危機に匹敵する拡張的財政・金融政策に踏み切るならば、中国の最大の貿易相手国である欧州はその恩恵を受けることになります。欧州株式は、中国とその拡張的財政政策に対して間接的にエクスポージャーを取る、優れた選択肢となるかもしれません。
国別に見ると、以前はドイツ、韓国、特に中国といった輸出主導型の国々が最もうまく適応していました。しかし、新たな地政学的環境においては、情勢は大きく変化するでしょう。アジアでは、インドやベトナム、インドネシアが勝者となりそうです。中央ヨーロッパでは、東ヨーロッパや一部の北アフリカ諸国が生産拠点の国内回帰による恩恵を享受し、サハラ砂漠以南の国々は、ロシアがエネルギーや資本財供給の選択肢から外れたことによって欧州諸国の代替的な調達先となり、現地への投資ブームを後押しするでしょう。米国の近隣国であるメキシコは製造業セクターがメリットを享受するほか、南米諸国はコモディティのスーパーサイクルの恩恵を受けるでしょう。
脱グローバル化と自国中心主義の台頭も、超大型企業の状況をより困難なものにしています。超大型企業の時価総額はパンデミックの最盛期にピークを迎え、1970年代以来の高水準に達しました。しかし、新たな地政学的環境下では状況は一転し、超大型企業やグローバルな拠点を展開する企業よりも、物理的世界の構築に寄与するニッチな領域で国内を拠点に事業を展開する小規模な企業に有利に働くでしょう。
過去10年間は、世界金融危機とその2年後に襲ったユーロ債務危機に対応するための異例の金融緩和政策が講じられた時代として記憶されることでしょう。低金利環境下での資本コストの低下は、明らかに投下資本利益率(ROIC)の閾値を下げ、財務レバレッジの高い企業のコストを低減しました。また、低金利政策は過度なリスクテイクを助長すると同時に、時間的価値の概念に歪みをもたらしましたが、この傾向は特にベンチャーキャピタル業界で顕著に表れました。新たなモデルはデジタル化やネットワーク効果と実にうまく融合したためです。低金利は、極めてリスクの高いベンチャー企業に資金調達の門戸を開くこととなり、赤字経営を続ける企業が資金調達を繰り返し、マーケットリーダーとしての地位を獲得することが正当化される時代となったのです。
これらの一連の流れはテクノロジー分野のスタートアップ企業のブームを引き起こし、ドットコムバブル以来低迷していたバイオテクノロジー産業の成長を加速させました。Uberはこの最も象徴的な例であり、米情報系サイトのTechCrunchによると創業以来の13年間に行った32ラウンドの資金調達で総額250億ドルを調達しています。Uberは売上高290億ドルに達するものの、投下資本利益率(ROIC)はいまだにマイナスのままです。その他にもWeWorkや、ソフトバンクが融資した一連のテクノロジースタートアップも、この時代を象徴するベンチャー企業となりました。ところがインフレと金利上昇という新たな時代に突入し、これまでのモデルは破綻しています。当グループは金利上昇、賃金制度の見直し、高インフレ下に最も適しているのは、高いROICや営業利益率を維持し、株価バリュエーションが過度に割高でない企業である一方、最も適応力が低いのは、利益率が低く、財務レバレッジが高く、不採算事業を抱える企業であると考えます。