米国債における流動性リスクとFRBの限界

米国債における流動性リスクとFRBの限界

レドモンド・ウォン

マーケット・ストラテジスト(Saxo Group)

サマリー:  変化しつつある米国債市場で、FRB(連邦準備制度理事会)はプライマリー・ディーラーに対する資本制約や増大する含み損などの問題に取り組んでいます。変化する金融情勢の舵取りをする一方で、これらの課題の間でバランスを取ろうとする際、行動の方向性を検討する必要があります。


はじめに

前例のない世界的なパンデミックを受けて、伝統的に安定の砦と見なされてきた米国債市場は激変しました。2020312日、米国債の世界は突如として混乱に直面しました。米国債市場の要であるプライマリーディーラーに米国債の売り注文が殺到し、その結果、ビッドとオファーのスプレッドが大幅に拡大し、これらの有価証券の適正価格を決定することが次第に難しくなっていきました。この危機に対して、連邦準備制度(FRB)は異例の措置をとりました。FRBはディーラーに巨額の融資を行うとともに、わずか3週間の内に1兆ドル近くの大量の米国債を買い入れました。

米財務省の対応:買戻しプログラム

2020年3月の混乱や、英国債市場で利回りの急上昇と流動性問題が起きた2022年9月の混乱の再発を避けるため、米財務省は2024年に買戻しプログラムを導入します。市場の流動性を示すBloomberg US Government Securities Liquidity Index(米国債流動性指数)は、2020年3月や2022年9~10月の危機時を思い起こさせる水準で高止まりしています(図1)。

図表1. Bloomberg US Government Securities Liquidity Index。出所:ブルームバーグ
市場の厚みが突然なくなるリスクを示すもう一つの指標は、米国債の総発行残高に対する米国債市場の一日平均出来高の比率です。この比率は12%超から低下し、現在は3%前後で推移しています(図表2)。
図表2. 米国債の残高に対する一日平均出来高の比率(%)。出所:SIFMA & Saxo

あまり言及されていないFRBの役割

FRBは、最大雇用の達成と安定した物価の維持という二重の使命を定期的に伝えていますが、連邦準備法第2条A項に定義されている重要だがあまり公表されていない役割も担っています。それは、「適度な水準の長期金利」を目指すことです。

Duffieその他(2023)による最近の研究は、米国債市場の流動性を形成する上で、プライマリー・ディーラーに対する資本制約が果たしている重要な役割を強調しています。これらの制約が40%を超えると、市場の流動性は悪化し始めます。この数字が40%から80%に上昇するにつれ、流動性の欠如は利回りのボラティリティ上昇だけに起因するものではなくなり、異常を超えた現象になります。Duffie(2023)は、2023年のジャクソンホール会議で、市場機能を維持するためにFRBが資産買い入れを行う準備を整えるべきたと主張しました。Duffie推計(2023年)によると、2007年から2022年にかけて、米国債発行残高の急激な増加ペースはプライマリー・ディーラーの資本の拡大のほぼ4倍でした。

量的緩和の莫大なコスト:準備金に対する利払い

1913年に制定された連邦準備制度法の目的は、マネーサプライに影響を与えることなく、銀行預金と貨幣の間の円滑な資金移動を可能にする「弾力的な」貨幣システムを提供することでした。連邦準備制度法第2条A項によると、FRBの使命は、1つの政策手段を用いて3つの目標を達成することです。すなわち、経済の潜在的成長力に見合った貨幣と信用の伸びを維持することです。歴史的には、この使命は、主に貨幣の回収期間中に銀行の準備金を補充するため、米国債を購入することと関わっていました。しかし、2008年以降、量的緩和策は十分な準備金と準備金への利払いに焦点を移し、最終的に準備金の要件は2020年に撤廃されました。より詳細な分析については、Saxoの記事をご参照ください。

FRBの財務状況

プライマリー・ディーラーがこういった資本制限にぶつかったときに、FRBは制約を受けずに行動し続けることができるか、という問題があります。FRBの発表によると、2023年上半期に884億ドルの受取利息があった一方、1,418億ドルの支払利息が発生しました。結果、FRBは574億ドルもの巨額な損失を計上しました。資産の大半を占めるのは、5兆5,000億ドルの米国債(利回り1.96%)と2兆7000億ドルの住宅ローン担保証券(利回り2.20%)でした。一方、FRBは銀行準備残高3兆ドルに対して約4.9%、リバース・レポ契約2兆4,000億ドルに対して約4.8%を支払いました。

FRBの資本金はわずか424億ドルでした。6か月間の損失でFRBの資本が脅かされながらも、FRBは累積損失を異なる方法で処理しており、「財務省に起因する利益送金」という名の繰延資産として計上しました。この繰延資産は、2022年12月31日現在の166億ドルから2023年6月30日には747億ドル、2023年9月13日には1,001億米ドルと驚くべき急増を示しています。

FRB
は送金方針に基づき、費用を控除し、かつ12の地区連邦準備銀行のいずれかに加盟する商業銀行に6%の配当を配分した後、純利益をすべて米財務省に送金します。利益がこれらのコストをカバーできない場合、利益がその赤字幅を上回るまで送金は行われません。累積損失は、米財務省に対する将来の負債の減少を意味するため、資産として計上されます。

連邦準備制度の複雑な構造

地区連邦準備銀行に加盟する商業銀行は、資本金と剰余金の合計の6%に相当する資本を拠出することが法的に義務付けられており、その3%は前払いで出資し、残りの3%は連邦準備銀行が請求したときに支払います。地区連邦準備銀行が資本不足に直面した場合、同銀行は不足分に対処するために加盟銀行に対し、未払分3%の支払いに加えて資本金剰余金合計額の6%を追加で支払うよう強制する権限を有しています。これは、銀行に投資する場合に見落とされがちなリスクです。

厳しい状況にあるポートフォリオ:含み損

2023年6月30日現在、FRBのシステム公開市場勘定(SOMA)のポートフォリオは時価ベースで1兆1,000億ドルの含み損を抱えていました。この損失は、米国債の5年債利回りが4.15%、10年債利回りが3.84%だったことが原因です。その後、これらの利回りは4.46%と4.3%に上昇しています。とりわけ、FRBのSOMAポートフォリオの約47%は償還期間が5年超であり、これは時価ベースの損失額が当初予想の1兆1,000億ドルを上回る可能性があることを示唆しています。FRBの利上げや米国債発行の増加によって長期債利回りが引き続き高騰すれば、FRBの含み損はさらに拡大する可能性があります。

動機と結果:FRBのジレンマ

財務上の意思決定の領域では、チャールズ・マンガーが説く時代を超越した知恵が真実であるように思えます。「動機が分かれば、自ずと結果が分かる」。米国債市場におけるFRBの複雑な役割の中で、多くの動機がFRBの行動を促し、異なる結果をもたらす可能性があります。

一つの重要な動機は、米国債市場を適切に機能させるというFRBの役割です。この役割の範囲については議論の余地があるものの、2020年3月のような危機が発生した場合にFRBが介入するのは明らかでしょう。

FRBの別の役割として、さらなる損失の累積を防ぐというものです。時価ベースの含み損に対処して、SOMAポートフォリオの健全性を回復することは極めて重要です。これを達成するために、短期金利を引き下げるという明確な動機があり、この利下げはイールドカーブをブル・スティープ化させ、市場に甚大な影響を及ぼしかねません。

行動の方向性

この流動的な状況の中で、米国の短期金利は低下する可能性が高いとみています。ブル・スティープニングのポジショニングでは、国債イールドカーブの短期ゾーンから中期ゾーンをロングにする可能性があることを想定してください。

さらに、FRBがとる可能性があるもう1つの行動は、準備金に対する利払いの停止です。この変更により、数十億ドルの金利コストを削減できるとみられます。しかし、この措置は、銀行の最低預金準備率を復活させるという考えと並行して検討される必要があります。翌日物フェデラルファンド金利に対するコントロールを取り戻すには、ゼロでない預金準備率を再設定する必要があります。こういった動きは、現行の手法を大きく変更するものであり、FRBがレポやリバース・レポの形で公開市場操作を通じて超過準備金の利用可能性に影響を与えることにより、銀行間の流動性を管理していた2008年以前の体制に戻る可能性があると言えるでしょう。

【注目銘柄】
iShares Short Treasury Bond ETF
iShares 1-3 Year Treasury Bond ETF
iShares 7-10 Year Treasury Bond ETF
iShares 20+ Year Treasury Bond ETF
Vanguard Total Bond Market ETF

口座開設は無料。オンラインで簡単にお申し込みいただけます。 

最短3分で入力完了!

【ご留意事項】

■当資料は、サクソバンクグループのアナリストによるマーケット分析レポートの転載、もしくは外部のアナリストからの寄稿となっております。
■当資料は、いずれも情報提供のみを目的としたものであり、特定の取引の勧誘を目的としたものではありません。
■当資料は、作成時点において執筆者またはサクソバンク証券(以下「当社」)が信頼できると判断した情報やデータ等に基づいていますが、執筆者または当社はその正確性、完全性等を保証するものではありません。当資料の利用により生じた損害についても、執筆者または当社は責任を負いません。 
■当資料で示される意見は執筆者によるものであり、当社の考えを反映するものではありません。また、これら意見はあくまでも参考として申し述べたものであり、推奨を意味せず、また、いずれの記述も将来の傾向、数値、投資成果等を示唆もしくは保証するものではありません。 
■当資料に記載の情報は作成時点のものであり、予告なしに変更することがあります。 
■当資料の全部か一部かを問わず、無断での転用、複製、再配信、ウェブサイトへの投稿や掲載等を行うことはできません。
■上記のほか、当資料の閲覧・ご利用に関する「免責事項」をご確認ください。 
■当社が提供するデリバティブ取引は、為替相場、有価証券の価格や指数、貴金属その他の商品相場または金利等の変動によって損失を生じるおそれがあります。また、お預けいただく証拠金額に比べてお取引可能な金額が大きいため、その損失は、預託された証拠金の額を上回る恐れがあります。
■当社が提供する外国証券取引は、買付け時に比べて売付け時に、価格が下がっている場合や円高になっている場合に損失が発生します。手数料については、「取引金額×一定料率」又は「取引数量×一定金額」で求めた手数料が一回の取引ごとに課金されます。ただし手数料の合計額が当社の定める最低手数料に満たない場合は、手数料に代えて最低手数料を徴収させていただきます。また取引所手数料等の追加費用がかかる場合があります。 
■取引にあたっては、取引説明書および取引約款を熟読し十分に仕組みやリスクをご理解いただき、発注前に取引画面で手数料等を確認のうえ、ご自身の判断にてお取引をお願いいたします。 
■当社でのお取引にかかるリスクやコスト等については、 こちらも必ずご確認ください。

サクソバンク証券株式会社
Saxo Bank Securities Ltd.
Izumi Garden Tower 36F
1-6-1 Roppongi Minato-ku
Tokyo 106-6036
〒106-6036 東京都港区六本木1-6-1
泉ガーデンタワー36F

お問い合わせ

国・地域を選択

日本
日本

【重要事項及びリスク開示】

■外国為替証拠金取引は各通貨の価格を、貴金属証拠金取引は各貴金属の価格を指標とし、それらの変動に対する予測を誤った場合等に損失が発生します。また、売買の状況によってはスワップポイントの支払いが発生したり、通貨の金利や貴金属のリースレート等の変動によりスワップポイントが受取りから支払いに転じたりすることがあります。
■外国為替オプション取引は外国為替証拠金取引の通貨を、貴金属オプション取引は貴金属証拠金取引の貴金属を原資産とし、原資産の値動きやその変動率に対する予測を誤った場合等に損失が発生します。また、オプションの価値は時間の経過により減少します。また、オプションの売り側は権利行使に応える義務があります。
■株価指数CFD取引は株価指数や株価指数を対象としたETFを、個別株CFD取引は個別株や個別株関連のETFを、債券CFD取引は債券や債券を対象としたETFを、その他証券CFD取引はその他の外国上場株式関連ETF等を、商品CFD取引は商品先物取引をそれぞれ原資産とし、それらの価格の変動に対する予測を誤った場合等に損失が発生します。また、建玉や売買の状況によってはオーバーナイト金利、キャリングコスト、借入金利、配当等調整金の支払いが発生したり、通貨の金利の変動によりオーバーナイト金利が受取りから支払いに転じたりすることがあります。
■上記全ての取引においては、当社が提示する売価格と買価格にスプレッド(価格差)があり、お客様から見た買価格のほうが売価格よりも高くなります。
■先物取引は各原資産の価格を指標とし、それらの変動に対する予測を誤った場合等に損失が発生します。
■外国株式・指数オプション取引は、対象とする有価証券の市場価格や対象となる指数、あるいは当該外国上場株式の裏付けとなっている資産の価格や評価額の変動、指数の数値等に対する予測を誤った場合等に損失が発生します。また、対象とする有価証券の発行者の信用状況の変化等により、損失が発生することがあります。なお、オプションを行使できる期間には制限がありますので留意が必要です。さらに、外国株式・指数オプションは、市場価格が現実の市場価格等に応じて変動するため、その変動率は現実の市場価格等に比べて大きくなる傾向があり、意図したとおりに取引ができず、場合によっては大きな損失が発生する可能性があります。また取引対象となる外国上場株式が上場廃止となる場合には、当該外国株式オプションも上場廃止され、また、外国株式オプションの取引状況を勘案して当該外国株式オプションが上場廃止とされる場合があり、その際、取引最終日及び権利行使日が繰り上げられることや権利行使の機会が失われることがあります。対象外国上場株式が売買停止となった場合や対象外国上場株式の発行者が、人的分割を行う場合等には、当該外国株式オプションも取引停止となることがあります。また買方特有のリスクとして、外国株式・指数オプションは期限商品であり、買方がアウトオブザマネーの状態で、取引最終日までに転売を行わず、また権利行使日に権利行使を行わない場合には、権利は消滅します。この場合、買方は投資資金の全額を失うことになります。また売方特有のリスクとして、売方は証拠金を上回る取引を行うこととなり、市場価格が予想とは反対の方向に変化したときの損失が限定されていません。売方は、外国株式・指数オプション取引が成立したときは、証拠金を差し入れ又は預託しなければなりません。その後、相場の変動や代用外国上場株式の値下がりにより不足額が発生した場合には、証拠金の追加差入れ又は追加預託が必要となります。また売方は、権利行使の割当てを受けたときには、必ずこれに応じなければなりません。すなわち、売方は、権利行使の割当てを受けた際には、コールオプションの場合には売付外国上場株式が、プットオプションの場合は買付代金が必要となりますから、特に注意が必要です。さらに売方は、所定の時限までに証拠金を差し入れ又は預託しない場合や、約諾書の定めによりその他の期限の利益の喪失の事由に該当した場合には、損失を被った状態で建玉の一部又は全部を決済される場合もあります。さらにこの場合、その決済で生じた損失についても責任を負うことになります。外国株式・指数オプション取引(売建て)を行うにあたっては、所定の証拠金を担保として差し入れ又は預託していただきます。証拠金率は各銘柄のリスクによって異なりますので、発注前の取引画面でご確認ください。
■上記全ての取引(ただしオプション取引の買いを除く)は、取引証拠金を事前に当社に預託する必要があります。取引証拠金の最低必要額は取引可能な額に比べて小さいため、損失が取引証拠金の額を上回る可能性があります。この最低必要額は、取引金額に対する一定の比率で設定されおり、口座の区分(個人または法人)や個別の銘柄によって異なりますが、平常時は銘柄の流動性や価格変動性あるいは法令等若しくは当社が加入する自主規制団体の規則等に基づいて当社が決定し、必要に応じて変更します。ただし法人が行う外国為替証拠金取引については、金融商品取引業等に関する内閣府令第117条第27項第1号に規定される定量的計算モデルを用いて通貨ペアごとに算出(1週間に1度)した比率を下回らないように当社が設定します。
■上記全ての取引(ただしオプション取引の買いを除く)は、損失が無制限に拡大することを防止するために自動ロスカット(自動ストップロス)が適用されますが、これによって確定した損失についてもお客様の負担となります。また自動ロスカットは決済価格を保証するものではなく、損失がお預かりしている取引証拠金の額を超える可能性があります。
■外国証券売買取引は、買付け時に比べて売付け時に、価格が下がっている場合や円高になっている場合に損失が発生します。
■取引にあたっては、契約締結前交付書面(取引説明書)および取引約款を熟読し十分に仕組みやリスクをご理解いただき、発注前に取引画面で手数料等を確認のうえ、ご自身の判断にてお取引をお願いいたします。

サクソバンク証券株式会社

金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第239号、商品先物取引業者
第一種金融取引業、第二種金融商品取引業
加入協会/日本証券業協会、一般社団法人金融先物取引業協会、日本投資者保護基金、日本商品先物取引協会
手数料:各商品の取引手数料についてはサクソバンク証券ウェブサイトの「取引手数料」ページや、契約締結前交付書面(取引説明書)、取引約款等をご確認ください。