FX:FRBが追いつくことは決してないと考えられる理由とドルを反落させる要因

FX:FRBが追いつくことは決してないと考えられる理由とドルを反落させる要因

ジョン・ハーディ

チーフ・マクロ・ストラテジスト

サマリー:  6月15日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、FRBは1994年以来初めて75bpsの利上げを実施しました。1980年代初頭のボルカー時代以来、最も速いペースで金融引き締め政策を進める一方で、当時はなかったバランスシートの縮小も行っています。米ドルは、FRBがかつてないほど金融引き締めを行っていることから、大幅に上昇しました。経済がディスインフレ的な需要不況に陥る、あるいはFRBはカーブに追いつけない、追いつけば米国債市場の安定が脅かされる、と市場が認識した時に初めて米ドルはピークを迎え、著しい後退を開始すると思われます。


米ドルのピークは、暴走するインフレ列車がクラッシュした後?

今年のFRBの金融引き締めペースは前例がないほどで、3回の会合で150bpsの利上げを実施し、市場は2022年にさらに200bpsの利上げを想定しています。予想通り進めば、9ヶ月という短期間に合計350bpsの利上げが行われることになります。例えば、イエレンとパウエルの両議長は225bpsの利上げに3年、グリーンスパンとバーナンキは425bpsの利上げに2年近くかかりました。それも世界金融危機(GFC)後の量的引き締め(QT)がない時代のことです。つまり、FRBがこのようなペースで動いたのは1980年代初頭以来のことです。

しかし、FRBは利上げサイクルの開始が遅れた後も、行き過ぎた引き締め期待に抵抗を試みています。5月4日のFOMCでは、パウエル議長が50bpsを超える引き上げに特に反対しましたが、6月15日には、ウォールストリートジャーナルの論説を通じてFRBが市場を誘導していると多くの人が考えていることを受けて、その程度の引き上げに留まりました。その後、6月15日の記者会見で、パウエルは7月の利上げ幅を75bpsではなく50bpsにする可能性を示唆しました。明らかに、現在の高インフレ水準が最終的には一過性であることが証明されるだろうという強い期待をFRBは持ち続けています。このことは、最新のFRBスタッフの経済予測にも豊富に表れており、6月のFOMCの更新でも、2024年の個人消費支出(PCE)コア・インフレ率は2.3%と予想されています。FRBは実際、2023年のコア・インフレ率と2024年の主要インフレ率の予測をそれぞれ-0.1%引き下げましたが、これは3月から変わっていません。このOutlookで表現しているように、リスクは、インフレが暴走列車となっていることであり、以下で私が指摘するように、FRBは依然としてカーブの後ろから追いかけ、決して追いつくことができないということです。

FRBの引き締め政策にもかかわらず、米ドルがピークを迎えて下落に転じる可能性を示す一つの論拠は、他の多くの中央銀行がいずれFRBを上回る利上げに踏み切り、その実質金利をFRBの達成する水準より高くすることです。このような動きにより、ブラジル・レアル(BRL)やメキシコ・ペソ(MXN)といった新興国通貨は、今年、米国利回りの急上昇とドル高の環境下で、想像もしなかったような回復力を発揮しているのです。しかし、G10FXの文脈では、米ドル/日本円という重要な例外を除いて、ほとんどの米ドルペアは、中央銀行の政策期待によって、あるいはイールドカーブのフロントエンドやイールドカーブのロングエンドで引き起こされるイールドスプレッドの変化とはそれ程の相関を示していません。オーストラリア・ドル/米ドルを例にとると、オーストラリア準備銀行(RBA)の利上げ予想が、今後9ヶ月間のFRB予想に追いつき追い越し、10年物オーストラリア国債利回り(6月末時点)は、今年最初の数ヶ月間は0~50bpsの幅だったのに対し、80bps以上米国債より高く取引されていました。このことから、このサイクルにおけるドル高要因は、米ドルの世界的な準備通貨としての地位と、米国のインフレ圧力がFRBに引き締め継続を求めるという単純な方向性であると考えられます。これは、センチメントや世界の金融情勢に影響を及ぼします。もしそうであれば、経済の現実が最終的に破綻し、需要に起因する不況によってインフレが十分に反転したときにのみ、米ドルは回転し始めるでしょう。その時初めて、20年以上ぶりの高水準まで上昇した米ドルが、ついに転がり落ちることになるのです。

FRBが追いつけない理由

2020年と2021年に米国ではパンデミック対策として、総額5兆ドルもの巨額の財政支出が行われることになり、米国政府の財政的持続可能性に対する新たな懸念が強まりました。2022年になると、2020年、特に2021年の資産市場の活況と、パンデミックによるキャッシュスプラッシュで個人所得が記録的に増加し、膨大な税収がもたらされ、一時的にではありますが、こうした財政上の懸念が緩和されたことがわかります。今年度については、それほど心配する必要はないと思われますが、向こう数年間は違った話になりそうです。

これは、1990年代以降、税収と資産市場のリターンの相関関係が強まっているためで、控えめに言っても、今年の資産市場のリターンは少し不利になりそうです。1990年の短期的な景気後退と弱気市場により、1991年の名目税収は実際2%増加しましたが、その前の2年間は9〜10%の増収であったことに比べれば、その差は大きいです。2000年から2002年にかけてのITバブル崩壊では、名目経済は成長を続けたにもかかわず、名目税収は2001年から2003年までの3年間で12.3%も減少したのと比べてみてください。2008年の米国の名目税収が過去最高を記録したのは2013年になってからです。

2022年の米国の財政赤字は、年初予測のGDP比-6%から、今年は-4.5%にとどまり、場合によってはそれ以下になる可能性もあると予測されています。財政の好転は非常に大きく、米国財務省は今年の国債入札の規模を一部縮小する可能性さえあり、FRBがバランスシートを9月まで最大月950億ドルのペースで積極的に縮小する中で、国債発行を吸収するための市場への圧力をある程度相殺するのに役立っています。

しかし、金融・財政政策の最大限の支援によってもたらされたパンデミック時代の資産市場のリターンは一過性のものであり、FRBと財務省がインフレ抑制のために総力を挙げてベルトを締める中、すぐに繰り返されることはないでしょう。つまり、景気後退がなくても、せいぜい米国の資産市場が今年いっぱいは横ばいから微増で推移すると仮定すれば、キャピタルゲイン税収が減少し、満期を迎えたすべての米国債と新発債の利回りが大幅に上昇して既存の債務の返済コストが急増するため、来年の財政収支は大きく悪化することになるのです。来年には景気後退が予想され、米国財務省は支出優先の資金調達に窮するでしょう。おそらく、経済の供給サイドを改善するための投資が十分でないため、それまでにインフレ率はそれほど低下せず、FRBが2000年以降の直近のサイクルほど強力に緩和することはないでしょう。先手を打って、次の景気後退期の対策を考えなければならないでしょう。こうした状況では、米国財務省がより強い薬を求めているため、FRBは介入しなくなるかもしれません。例えば、国内で貯蓄を維持するための資本規制や、名目国債利回りに上限を設けて貯蓄者にマイナスの実質利回りを提供する米国債に個人貯蓄の一定割合を強制する金融抑圧を実施することが挙げられます。つまり、金融政策がインフレリスクに追いつけず、急速に無意味化しているのです。もしそうなれば、主権者の安定性に疑問が生じることにもなります。FRBを見るということは、バックミラーを見るということです。

G10の総括

FXのボラティリティは今年第2四半期に2020年初頭以来の高水準に上昇し、G10FXでは顕著なパフォーマンス乖離が見られました。その主な内容は、FRBの引き締めペースが激しく見直されたことによるドルの急騰と、日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)政策の転換を拒否し、本来日本国債にかかるはずの圧力が全て円そのものに転嫁されたことによる円安・ドル高でした。

工業用金属価格の下落や、中国のゼロコロナ政策による今冬への思惑、中国国内での更なる操業停止のリスクを懸念し、オーストラリア準備銀行(RBA)の利上げ観測が大きく高まったにもかかわらず、四半期末にかけオーストラリア・ドルが強含みに推移したことも特筆すべき点でした。他地域では、コモディティ通貨でさえ、最終的な景気後退の時期尚早の懸念や、カナダ中央銀行がFRBの上昇ペースに合わせると予想されているにもかかわらず、カナダ・ドル(CAD)のような通貨に重くのしかかる金融情勢の緊縮により、第2四半期末には足踏み状態にあります。原油価格は1バレルあたり110ドルを超え、世界的な金融危機で10年以上対外赤字に転落していたカナダは、経常収支の黒字化に向け急速に前進しています。

前四半期、ユーロの回復を予想するのは早すぎました。ウクライナ戦争が早期に収束すると期待するあまりでの見方で、EUの電力・ガス料金の乖離高騰による過度の圧力を考慮に入れていませんでした。また、欧州中央銀行(ECB)が引き締めに向け慎重な姿勢を崩さない中、マイナス金利時代から脱却すると同時に、保有バランスシートをシフトさせ、周辺諸国のスプレッドを抑制する必要性をアピールしたことには驚かされました。ECBは日銀を除いて誰よりも遅れをとるでしょう。もし中国の輸出需要が低迷し、ウクライナ戦争が長引くとともに米国が世界の流動性を引き締め続ければ、ユーロの反発は難しいでしょう。英ポンドも同じ状況にあり、同国の極端な供給サイドの制約と、エネルギー輸入価格の高騰による巨額の対外赤字を考えると、その通貨の上昇シナリオを描くことは依然として困難です。少なくともイングランド銀行は強気な発言を続けており、ECBよりも簡単に利上げを行うことができます。英ポンド/米ドルでは、6月にチャレンジした後の巨大な1.2000チャートレベルに注目です。

最後に、スイス国立銀行(SNB)が6月の会合で50bpsの利上げを実施したことは衝撃を与え、スイス・フランに対するシナリオを転換させました。これはSNBが政策面でECBに常に遅れをとることへの懸念を和らげ、少なくともスイス・フランレベルではユーロに対する為替レートの懸念が緩和されたことを示唆しています。スイスの消費者物価指数(CPI)は5月に1.7%に上昇し、2008年の1ヶ月を除いて過去数十年で最高となったため、結局、強いフランはインフレ圧力を緩和するための一つの手段となっています。ユーロ/スイス・フランは、SNB会合前に1.04と1.05の間で取引された後、1.0200以下の水準にリセットされました。SNBがどれだけフラン高に寛容であるかは注目です。

出典:Bloomberg

チャート:ユーロ/米ドル

ユーロ/米ドルの為替レートは歴史的な水準まで下がり、2002年後半依頼の低水準にほぼ達しました。ロシアのウクライナ侵攻に端を発した電力・エネルギー供給面の緊急事態や、ECBの引き締めサイクルの遅れを背景に、最初の利上げが7月になることがユーロの重荷になっています。さらに、ECBが引き締めサイクルの中でバランスシートの資産を周辺部にシフトさせ、周辺部の債券利回りがコア部に比べて高くなりすぎないようにしようという試みにも一貫性がみられません。一方、FRBが暴走するインフレを追い続けることを余儀なくされている限り、米ドルの新高値への上昇は終わらないかもしれません。世界的な米ドル流動性の引き締めが続く中で2017年の安値がここに落ちれば、為替レートはサイクル安値を見つける前に平価を大きく下回る可能性があります。

特に注目するのは:中国人民元、特に人民元/日本円は年末までに注目される可能性が高い

私たちは第2四半期のアップデートで、一見管理されているように見える米ドル/人民元の為替レートは、中国が米ドルの対円相場が急騰しても自国通貨のパフォーマンスを密接に追随させることを許し、人民元/日本円為替レートは2015年以来の高値を更新していると指摘しました。このため、日本の輸出競争力が格段に向上し、地域内に大きな緊張をもたらしています。 2015年に人民元/日本円の水準が20.00に達した頃、中国は為替制度の大幅な見直しを実施しました。同為替レートが20.00に達したまさにその日に、中国は米ドル/人民元レートをかつての非常に狭いレンジをしっかりと上抜けるように仕向け、大きな変動をもたらしたのは、偶然ではないでしょう。本稿執筆時点で、日銀は6月17日の会合でイールド・カーブ・コントロールを維持する方針を固めたばかりで、人民元/日本円レートは3月の日中高値20.17をやや上回る水準で取引されています。私たちはこれまで、中国が通貨安に動くのはインフレリスクが低下している場合に限られ、そのためには物価の大幅な下落が必要だと予測していました。いずれにしても、中国が今四半期か次の四半期に通貨安に動けば、人民元が市場の新たな変動要因として最も重要な通貨となり、米ドル高の終焉を後押しする可能性もあります。

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