FX:米ドル高の持続的な修正にはFRBの政策転換が必要

FX:米ドル高の持続的な修正にはFRBの政策転換が必要

ジョン・ハーディ

チーフ・マクロ・ストラテジスト

サマリー:  欧州へのロシア産天然ガスの供給が突如再開されない限り、欧州とユーロ、英ボンドとスウェーデンクローナには厳しい冬が到来することになります。明らかに異なった政策をとる日銀を除き、ECBやその他の中央銀行は第3四半期に、FRBに続いて金融政策の引き締めを実施しましたが、FRBは依然として「全市場に影響を与える」中央銀行であり、FRBが緩和に転じるまでは米ドルの安定化は期待できないでしょう。


米ドル:FRBは金融引き締め政策の段階的減速を想定していたが、その後、再び方針を厳格化 

米ドルは、6月16日のFOMC後の会見後に一時的にピークをつけました。1994年以来の0.75%の利上げが今回の一連のタカ派的金融政策のピークになると市場が判断したためでした。一方、株式相場は、本稿の執筆時点では、FOMCの翌日に弱気相場の底を付けています。米ドルは、政策金利が早ければ今年12月までにピークに達し、来年前半には低下し始めるという市場の予測に対し、パウエル議長が十分な反証を示さなかったため、リスク心理がさらに高まり、7月末のFOMCに向けてわずかに下落しました。しかし8月上旬になると、FRBメンバーはほぼ全面的にタカ派的な発言をし、FRBの緩和を予測する向きを明確に否定するメッセージを送るようになりました。他の多くの中央銀行も金利引き上げの動きとガイダンスでさらに積極的な動きを見せたにも関わらず、米ドルはさらに上昇しました。ECBは9月8日の会合で史上最大の75bpの利上げを実施し、10月のECB会合でさらに75bpの利上げを行う予定です。

6月のFOMCでは75bpという初の「超大型」利上げを実施したにも関わらず、金融情勢(貸出状況等)が著しく悪化したことから、FRBは「中立金利」のような抽象的な概念によって差し迫った政策転換を誘導しようとするよりも、タカ派的なトーンを維持するほうがより効果が大きいと明確に認識したようです。FRBはおそらく、引き締めサイクルの最中に金融情勢を緩和してインフレリスクを悪化させるリスクを冒すよりも、過度な引き締め政策によって生じた弊害に対処するほうが相対的に対処しやすいと、ガイダンスを巧妙に調整するなかで認識したのでしょう。

第4四半期に米国経済が深刻に後退した後、反発の要因となりうるのがガソリン価格の急落です。ガソリン価格は、6月初旬に1ガロン5ドル以上の記録的な高値でピークに達した後、急落しました。8月に既に4ドルを大きく下回るまで下落したことは、米国の消費者に現実的にも心理的にも大きな影響を与えていますが、経済と賃金への上方圧力が長く持続する可能性があります。そのため、FRBは現在の金融政策を継続し、また本格的な量的引き締め(バランスシート圧縮は9月に最大950億ドルに達する予定)も継続する必要に迫られるでしょう。このことから、スティーン・ヤコブセンは、第4四半期が「引き締めのピーク」になると予想しています。

第4四半期の米ドルにおけるテールリスクとなるのが米国の中間選挙です。中間選挙は、次の景気後退やソフトパッチ(景気回復過程で一時的に成長が鈍化する踊り場)における米国の政策対応に関する長期的な見通しを示す、第4四半期の重要なテールリスクイベントです。識者の見解や世論調査では、民主党が上院の多数派を維持できる可能性は高いものの、下院での勢力を失うことはほぼ確実と断言しています。それは、トランプ前大統領が指名した判事を含む連邦最高裁判所が、人口妊娠中絶権を認めるとした1970年代のロー対ウェイド判決を覆したこと、そしてここ数か月の間に共和党支持州で行われた選挙で民主党に敗れたことを根拠とするものです。アラスカ州の下院議員補欠選挙では、親トランプのサラ・ペイリン氏が民主党に敗れています。アラスカ州は、2020年の大統領選でトランプ前大統領が10ポイント差で、同選挙で共和党下院議員が9ポイント差で無所属候補に勝利した州です。二大政党政治下で、米国が財政面でギリギリの政策を行えるのは、ある政党が上下両院と大統領職を支配していないときだけです。ただし、中国とのサプライチェーンの脆弱性解消や中国の軍事・先端技術へのアクセス制限といった超党派の課題など、重要な例外はあります。いずれにせよ、民主党が下院の支配を維持し、上院の支配も強めれば、2024年の米大統領選に向けて財政政策の可能性を完全にひっくり返すことができ、一般的にははるかに高いインフレ率をもたらすリスクが高まります。もしバイデンが過去2年間に上院であと1、2議席を獲得していたら、バイデン党はいわゆるインフレ抑制法で実際に通過したものより2兆ドルほど大規模な法案を通過させていたかもしれません。

グラフ: 危険なほど格差が拡大しています。2021年半ば以降、急騰する米ドルと、下落するユーロおよびそれよりさらに弱い円との差が拡大していることが分かります。この指標はインフレ調整済みの水準であり、日本の小売物価統計が低く抑えられている可能性が高いため、実際はこのグラフよりさらに深刻です。日銀の金利抑制政策について、第4四半期に何らかの変化が起こる可能性があります。ユーロについては、第3四半期にパリティを下回ることもありましたが、円に比べればユーロ安は緩やかに見えます。

ユーロ、ポンド、そして不満の冬。ユーロは対ドルでパリティを下回る水準まで下落しました。これはエネルギーおよび電力価格の高騰がEUのインフレを著しく高進させ、生産にもリスクをもたらし、対外収支にも大きな影響を及ぼしたことによるものです。世界経済が第4四半期から来年初めにかけて減速し景気後退に陥る可能性があるなか、欧州は貿易面で世界最大の黒字圏から赤字圏に転落しました。 

秋からの暖房シーズンに向けて、EUは天然ガスの備蓄に取り組んでいますが、需要がさらに縮小しない限り、冬にロシアのガス供給が再開されなければ、必要な供給量を確保することはできないでしょう。ロシアの指導者プーチンや同氏に近い政治家が同国で権力を維持し続ける限り、EUは逼迫した世界のLNG市場で高騰するエネルギーを購入し続けなければならないため、EUのエネルギー供給は長期的に厳しい状況が継続するとみられます。新たなガス供給源としては、アルジェリアや、既に数か月前に到着しているモザンビークのLNGに可能性があります。しかし、EUのエネルギーに関する見通しが、今年の冬にはかつてなく悪化すると思われることから、第4四半期か来年初頭にユーロの大幅な一段安があるかもしれません。EUにおけるエネルギー価格への上限設定案により、EUの名目インフレ率が今後数か月で低下し始めるかもしれませんが、需要を削減することはできません。つまり、天然ガスの供給に関する物理的限界は、フランスの原子力発電が冬の終わりまでに再稼働しない限り厳しさを増し、電力の配給と実質GDP生産の低下が避けられなくなるかもしれません。欧州は暖冬を望んでおり、毎日、毎週の天気予報が欧州大陸の歴史上、最も注目されるようになるでしょう。英国も同様で、英国は戦略的なガス貯蔵施設を有していないため、対策を急いでいます。繰り返しますが、冬は毎年やってきますが、EUはその脆弱性に対処していかなければならないでしょう。 

英国は、対外赤字と生活費危機によって経済に大きな圧力がかかる一方で、新首相のリズ・トラス氏と彼女の「失うものは何もない」精神から、他の主要国よりも迅速かつ強力な政策対応が可能な国として特に注目されます。トラス首相は、まずこの冬、電力を確保し国を暖かく保つために、素早く大胆に行動すると思われますが、同時に同国の現在の苦境と脆弱性に対する政策を確立していくでしょう。彼女が長期政権を目指すのであれば、対外赤字を解消し、エネルギー問題に対する脆弱性を低減する必要があります。彼女はポピュリスト的な、価格統制と減税を同時に実施するアプローチをとっており、英ポンドと財政赤字への影響を考えると危険な賭けと言えます。この冬、欧州のエネルギー価格(特に天然ガスの価格)が異常な高水準で推移する限り、英ポンドはさらに下落する可能性があります。さらに、投資誘致、英国内のエネルギー生産量の増加(同国のシェールガスの潜在能力)、生産性の向上において、政策的な主導力を発揮しなければ、英ポンドの上昇は期待できません。また、インフレ調整後の実質実効為替レートベースでは、2016年のEU離脱決定後の混乱以降、かろうじて一定水準を維持してきたことから見て、英ポンドにはまだ復活の余地があると言えます。

アジアではオフショア人民元と日本円の緊張が継続: 第4四半期に大きな変化の可能性は?

当社は、オフショア人民元/日本円が依然として非常に高水準で推移していることに注目しています。オフショア人民元は米ドルの上昇に緩やかに追随し、一方、日本円は日銀がイールドカーブ・コントロール政策から引き締めスタンスへの転換を頑なに拒否しているため、G10諸国通貨の中で、弱含みで推移しています。第3四半期には、オフショア人民元/日本円は20.00をはるかに超えて数十年来の高値を付けました。第4四半期はついに何かが「ブレイクする」ときなのでしょうか。中国人民元(と密接にリンクし取引可能なオフショア人民元)側では、もはや通貨高を維持するのは得策ではないと判断するかもしれません。特に商品価格が経済見通しを悪化させ、それが懸念され始めた場合です。しかし、より可能性が高いのは、第3四半期の見通しで述べたように、日銀が円高に向けた行動を起こすことです。

日銀は、物価上昇見通しが持続的にプラスになるような賃金上昇を期待してきましたが、一層の円安圧力が強まれば、政策転換を余儀なくされる可能性があります。しかし、日銀のインフレ率とインフレリスクの見通しは、卵と鶏の関係となっているかもしれません。日本のスーパーマーケットチェーンは、卸売物価や輸入価格が急騰してもなお、食品販売価格を抑える方針を取っており、円安により状況が悪化しています。10月1日に小売価格が改訂されるため、インフレ率が上昇し、生活費の上昇に対して消費者の怒りが強まる可能性があります。低所得者層を保護するための財政的な試みは、円安には影響を与えず、中所得者層や高所得者層の懸念も緩和されません。第4四半期はついに、黒田日銀総裁がガイダンスを変更し、少なくともイールドカーブ・コントロール政策のゴールポストを移動させる四半期となるのでしょうか。特に、日銀が方針転換する前にドル円が数十年来高値を更新するようなことがあれば、日本円クロスのボラティリティは双方向に大きく変動する可能性があります。

それ以外のG-10諸国通貨。この場合、「それ以外のG10諸国通貨」とはスイスフラン(CHF)と、豪ドル、カナダドル、NZドル、SEK、NOKを含む「G10スモール」のことです。スイスフランについては、今後冬にかけて物価上昇圧力が最大となるため、スイス国立銀行は引き締めを続け、スイスのインフレ圧力を大幅に抑制してきたフラン高を促進することができます。G10の小国通貨にとって、第4四半期に予想される「引き締めのピーク」は、流動性の低いこれらの通貨に優しくはないでしょう。南半球の豪ドルとNZドルについては、豪ドルNZドルが1.1300を上限とする7年以上にわたるレンジを上抜けるかどうかに注目しています。ニュージーランドがエネルギーを輸入に依存しているのに対し、オーストラリアは商品調達を最適化し経常黒字国としての地位を確立しているとみられるためです。また、ニュージーランドは金利引き締めに早くから着手していたため、金利引き締め体制が減速し、最終的に一服する国の最先端に位置している可能性があります。欧州では、ノルウェーは、特に天然ガス価格の高騰から莫大な利益を得ているため、欧州のエネルギー価格の上限設定にある程度協力する必要があります。スウェーデン・クローネは割安に見えるが、経済見通しやリスク センチメントの影響を受けやすい通貨の1つであることから、その見通しが持続的に明るくなるには、市場の大底を見る必要があるかもしれません。

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